Salon mardi

9 juillet 2019, mardi

 

火曜サロン

 

京芸の研究者たちの横断的なプチ研究会である「火曜サロン」。

いつも芸資研のカフェスペースでやっていたが、芸資研主催の別の研究会とダブル・ブッキングであることが判明。

ぼくは担当ではなかったので、急きょ赤松玉女新学長に学長室を使わせてくれるよう頼んでみたら、すぐ快諾してくださった。

敷居の低い女性画家学長、というより長年の友たちなので、助かった。

 

この火曜サロン、学科系教員のあいだにほとんど相互交流がないため、まとまった将来構想も出せていなかったので、芸大内では浮いた存在だった。

しかしこのところ、優秀な研究者が学科教育系に赴任して、顔ぶれも変わっているので、思いついて提案したら、すぐに仏文学の中村翠先生や中国絵画史の竹浪遠先生らが肯定的に反応してくれ、2017年春からはじまった。

学内政治でヘゲモニーを取りたい芸術学研究室とそれに反発する一般教養の先生たちのあいだで、20年近く不和対立があった。そんな不毛な過去が霧消したことを感じて、ほっとしたものだ。

 

運営上の話題を話す公式の何とか委員会より、研究上の話題を話す非公式な集いの方がはるかに相互理解やアイデア創出に役立つ。

楽しく持続的に行うことが大事なので、持ち回りのホスト制にして、参加も自由とした。

知的活力のある人はやはりオープンで好奇心旺盛だ。近年、優秀な研究者が学科教育系に赴任しているので、京芸の未来の突破口は実技より学科から開けるかもしれない。

所属は共通教育、内実は実技系のぼくは、裏方に徹して、ロゴをつくり、看板やポスターをつくり、「ホテル養生」の廃材を使って長脚ベンチも2つつくって、芸資研に提供した。

ベンチ

2017年6月24日作。

デザイナーだなと自分でも思う。

 

Lessons de temps

9 juillet 2019, mardi

 

最初の個展「時間のレッスン」(1993年)のアーカイブページをようやくアップした。

忙しくて自分のウェブサイトがずっと工事中のままで、なんとかしなければと思いながら、10数年たつ。

ここに来て、自分のスタートラインをあらためて見直しておこうと思ったのだ。

つくることが根っから好きなので、その後は造形的な仕事が多いのだが、出発点は、「美術」や「展覧会」「作者」「作品」の概念そのものを宙づりにするラディカルな仕事だった。

あの先鋭さはその後失っているのではないかと反省する。

「死」の意識が薄れているからか。

あのときのヒリヒリするような緊張感を取り戻さなければならないと思う、

 

アーカイブ作成のためにファイルのなかの資料を整理していたら、堀尾貞治師匠から展覧会後に届いたハガキが出てきた。

ぼくの作家人生を左右した難波道弘さんも堀尾師匠ももういない。

アートスペース虹ももうない。

 

「残る」とは何か、「残るもの」とは何か――「時間のレッスン」を導いたこの問いかけは、大きな虚無と一体のものだった。

 

堀尾貞治師匠からのハガキ

 

 

*ウェブサイトは古典的にHTMLとCSSで手作りしているが、スマホや一部のブラウザ(Chrome)でCSSが正常に機能しないのはなぜなのか? 

 

 

 

Œuf debout

30 juin 2019, dimanche

 

京芸の日本画を修了した高橋めぐみさんと児島優美さんから、「作品報告会」をするので来てほしいと便りがあり、指定の時間(16:30)に東山区本町のきっさこ和束へ。

高橋さんが修業中の庭師・小川治兵衛先生も来られていて、驚く。

きっさこ和束の2階のレンタルルームで彼女らが見せてくれた作品はそれぞれ一点だけ。

働き出すと、なかなかまとまって制作に取り組む時間はないので、二人で3ヶ月に一度、報告会を開くことにしたそうだ。

芸大を出て、働いたり住む場所が変わったりして、学生時代のように制作ができなくなるのは普通のことだ。

でも彼女らには制作を続けてほしいと思っていた。小川先生もぼくも彼女らの作品を丁寧に見て、丁寧に言葉をつむぐ。

児島高橋作品報告会

 

児島さんのは異なる草の群れを一つの画面に合成した情景画。カンヴァスに顔料や胡粉、クレパスを使って質感豊かに描いている。

高橋さんは、紙張りパネルに卵が一つ立っている絵を胡粉や蜜蝋を用いて描いている。抽象的象徴的な風情。

彼女は卵を立てるのが得意のようで、実際にみんなで卵を立ててみましょうと提案する。

で4人で卵立てに挑戦。高橋さんはさすがにスムーズに立てる。ほかの3人は悪戦苦闘。

だが、しばらくしてぼくも卵を立てることができた。生まれてはじめてだった。

 

卵立てる

 

きっさこ和束は、和束町に住むオーナーの奥さんの和束への想いを込めてつくられた和風喫茶で、空き家になっていたご主人の実家を改装したという。喫茶とレンタルスペースがある。

 

ぼくらが只者でないことを察知したのか、別棟に宿があるので、ごらんになりますか?と聞かれる。

路地の奥に「季楽」という一棟貸しの京町家の宿があった。ここもご実家の一部だったらしい。

相当傷んでいたらしい町屋を大胆に改装している。乃村工芸社が空間デザインを担当したそうだ。

 

季楽

宿という非日常的な空間は、デザインの自由度を高める。和束の風景を移すというコンセプトで、ディスプレイ会社らしい「見せ方」を徹底していて、奥さんは満足げだ。(*→乃村工芸社のサイト

 

きっさこ和束

奥さんが立つ芝生広場は、屋敷の火事あとらしい。相当大きなお屋敷だったのだろう。

たぶん火事が原因で和束に引っ越されたのではないかと推察する。

建物がなくなって光が入って明るくなってよろしいがな、と小川治兵衛先生。

森を見るように町を見られているのではないか。

 

documents

29 juin 2018, samedi

 

4月以降、昨年度(2018年4月〜2019年3月)までにやったアート系の仕事の記録集や報告書が次々届いた。

静岡大学アートマネジメント人材育成のためのワークショップ100〜地域リソースの発掘・連関・創造のために』

助成:文化庁大学における文化芸術推進事業 編集:白井嘉尚、平野雅彦、井原麗奈ほか

A4 110頁 デザイン:秋山克徳 発行:静岡大学 

 

教育学部の白井嘉尚先生の最後の仕事。ぼくは2016年から3年連続で美術実技系のワークショップをやった。

昨年は「水へ/水から」。

平野雅彦先生、井原麗奈先生、一ノ宮由美さんらにもお世話になった。

 

都美術館

『都美セレクショングループ展2018記録集』

編集:田中宏子、田村麗恵、平方正昭

A5 60頁 デザイン:佐伯亮介 発行:東京都美術館 *ダウンロード可能

 

「複数形の世界のはじまりに」というチーム名=展覧会名で展示。

高瀬川上につくる6×8mの「崇仁テラス」を東京都美術館の地下展示室に平行移動し、空間を変形して展覧会をつくった。

 

おもかげおこしふくわらひ パラレル/クロッシング エキジビション3』報告書

企画・執筆・編集:吉原美恵子(徳島県立近代美術館学芸員) 

発行:パラレル/クロッシングエキジビション実行委員会、障害者支援施設シーズ

210x210mm 36頁 デザイン:内村不二子

 

昨年夏の徳島の障害者支援施設でのワークショップ〜秋の徳島県立近代美術館での展示〜2019年1月 京都アートスペースCOJINでの展示がコンパクトにまとめられている。3月には阿南市でもやったが()、ぼくは行けなかった。

 

マダン

『東九条マダン報告書2018』

編集:東九条マダン実行委員会 B5 36頁

 

昨年11月3日に元崇仁小学校と崇仁テラスで行われた東九条マダンの報告書。ぼくは絵を寄稿した。

 

発酵

『発酵をよむ:藤枝守・井上明彦・稲垣智子』記録集

編集デザイン:野口ちとせ A5 18頁+CD 発行:+1art

 

2019年1月30日〜2月16日、+1artギャラリーの企画で開催した「発酵をよむ」展の記録。

発酵音が聴けるCD付き。

50部送ってもらったが、あちこち差し上げてもう10冊しか残っていない。

 

Ce ne sont pas des lettres.

18 juin 2019, mercredi

 

芸大の造形計画1の授業。今年は文字の造形性・空間性をテーマにしていて、この日はクレーの文字絵を「演奏」する。

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「精神はどこにおいてもっとも純粋であるか? はじまりにおいて。したがって、フォルムを考えるのではなく、形成を考えること。……「文字」の発生は、運動のもっともよい比喩であろう。芸術作品もまず第一にゲネシス(発生)として捉えられねばならない。」――パウル・クレー

 

A_アルファベットの任意の文字を用いて、「文字絵」を制作する(クレーの『造形思考』から)
B_任意の数字を用いて、「文字絵」を制作する(変奏)
C_任意のひらがなを用いて、「文字絵」を制作する(変奏)

 

注意:

・「はじまり」を意識すること
・紙に鉛筆(色鉛筆も可)、青カーボン紙、大きさ、紙質自由

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最近また絵やドローイングをする時間がなくなっているので、課題を出しながら、自分でもやりたくてたまらなくなる。

で、青カーボン紙を使って「これはもじではない」と描く。偶然にもクレーが描く顔のような形象が生まれた。

この課題、音楽好きだったクレーも喜んでくれているとしておこう。

文字絵

アルファベットやひらがななどの表音文字と並んで面白いのが「数字」だ。

数字は並んでいるだけでも面白い。具体の田中敦子は数字を書くことで絵画から別次元の平面に飛躍した。

この領域をぼくは「数字美術」と名付けている。

数字美術

昔の芦屋市美術博物館での童美展で。

「数字美術」は、児童詩誌『きりん』をやっておられた故・浮田要三先生から示唆された。

数字美術

パリの街角で。