élagage autour de la étang_1

27 juillet 2019, jeudi

 

アクアテラスプロジェクト

7月24日、京都芸大のキャンパス内で雑草刈りが始まっていることに気付く。

オープンキャンパス(8/4日)前に学内を多少きれいにしておくべく、総務課の施設担当が前任者から引き継いだ指示書を業者に託す。

この手続きを知らなかったので、2年前、つちのいえの丘の斜面がいつのまにか丸裸にされていて、苦情を言ったことがある。

「勝手に刈るな。ススキは屋根の材料なのだ」、と。

以来つちのいえの丘は草刈りの対象からはずされたようだ。

業者に渡した指示書をもらって、そのことが判明した。

アクアテラスプロジェクト

業者は大枝の大藪さんの親戚の植治造園。「うえじ」が大枝にもあるのかと思っていたが、「うえはる」と読むらしい。

草刈りと伐採とそれらの始末で、相場は知らないが、費用はびっくりするほど高い。

ぼくはなんでも自分でやる身なので、世間の常識を知らないらしい。

 

地図で微妙に色を塗っていないのが池のまわり。

だが、夏前で樹木も雑草も、ものすごい繁茂状態になっている。

2年来時間をつぶされている学内問題に対処するため、あることを思いついたので、1時間ほど池の周りの木や草を伐採した。

切るのは簡単でも、始末が面倒。だが大藪さんが伐採した木を持っていってくれるというので決行した。

 

アクアテラスプロジェクト

自然池と丸池をつなぐ水路が葉っぱで埋まって流れていなかったが、少し落ち葉を取り除くと水が流れるようになった。

アクアプロジェクト

 

アクアテラスプロジェクト

池と水路のあいだは20cmほど高低差があって、池の水が増えたら水路に水が流れるようになっていたが、水草の根と落葉が絡んで流れをふさいでいた。そこを切り開くと池の水が流れ出し、せせらぎがよみがえった。

 

15年くらい前だったか、事務局が池のまわりに柵をつけた。

学内を通る地元の子供が落ちたら危ないという理由だった。安全対策を言うことで管理強化する事務屋の発想だった。

教授会で反対したが、他のだれも反対せず押し切られた。

案の定、柵のために人々の池への関心は低くなり、まわりの樹木も放置状態になった。

そのころまで池にはポンプで空気を送り込んでいたが、ポンプはいつのまにか故障して、動かなくなった。

 

アクアテラスプロジェクト

ポンプの場所は設備課の山本さんに教えてもらった。おそらくだれも知らないだろう。

山本さんは芸大の職員ではなく、受託業者として施設管理を担当している。

ぼくが芸大の中で一番仲のいい人といっても過言でない。

 

アクアプロジェクト

造園の大藪さんに、草を刈るなら水路の岩を見えるようにしてほしいと頼んだ。

刈った草木も持っていってくれた。

学食前は指定からはずれていたので、ぼくが自分で刈ることにした。

枝切りばさみを持っていったのではかどった。すごく切れて、ノコギリより効率がいい。

池を視界から遠ざけていた雑木が柵の内外で繁殖していたが、1時間ほどで片づけた。

伐採は視界を開く感じで心地よい。

 

 

アクアテラスプロジェクト

すっきりと池が見えるようになった。

雑木を伐採して、地面と水面、此岸と彼岸を視線でつなげるようにすることは、あまり時間はかからないとの実感を得た。

 

問題はこの柵を取り去り、かつての親水性を回復することだ。

学生が破傷風になるという水のよどみ、ヘドロやゴミのたまっているらしい池の底。

それらはこの柵が人々と池の生きた関係を断ち切ったことの帰結だ。

池をきれいにするためには、亀やスッポン、カエルや魚たちに気を使いながら、いったん水を抜く必要がある。

抜いても湧き水だから水は自然とたまる。

新しいポンプで空気を送り込んでたえず水を動かすことも必要だろう。

 

これらの作業の向こうに、"@KCUA-Terrace"は浮上する、だろうか。

綿密に計画を立てねばならない。

 

Lieu de travail

21 juillet 2019, dimanche

 

「作業場」ということ。作業と場所の結びつき。

場所が作業を呼んで方向を与え、作業によって場所(に埋め込まれていた可能性)が花開く。

 

Bambio

長岡京駅前バンビオにて。こども造形教室「ちびっこペインターズ」によるワークショップ。

 

Suujin

元崇仁小学校体育館西側の崇仁高瀬川保勝会作業所で作業する「七条大橋をキレイにする会」のメンバー。

8月4〜6日の七条大橋ライトアップに向けて、照明機材の設営準備。

ここは将来の京都芸大の敷地内だが、体育館は残るので、ぼくが西側の屋根付きスペースを勝手にテラスづくりの作業場にしていた。

そこを地域でものづくりに関わる市民のシェアスペースにすることにした。(ただし持ちつ持たれつの関係にある人のみ。)


世間は消費のためのスペースに埋め尽くされている。こういう作業場がいたるところで生まれたらと思う。

消費行動や所有関係を越えた、人と人、人と資源の新たな創造的ネットワークのために。

 

立入禁止

総合基礎実技がやっと終わって、もうすぐ夏休みが来る。

ぼくの作業の夏がはじまる。

 

Où sommes nous ?

18 juillet 2019, jeudi

 

しばらくつちのいえの作業をしていないので、植物が繁茂して丘がすごいことになっている。

どこの国かと思う。

壊された旧大藪家の土壁の土でできた土浮庵が沓掛ジャングルに浮かぶ。

 

この日、深夜、次の高瀬川掃除のチラシを出稿した。

地元の林伊佐雄さん夫妻に取材し、記事らしきものを書いた。

あいかわらず一人で全部やっている。

共通しているのは、見下ろす視線。これは「地面を見上げる」というぼくの活動コンセプトの裏返し。

来週の土日、テラスづくりだ。

 

崇仁高瀬川保勝会チラシ

 

崇仁高瀬川保勝会チラシ

 

Problème de Yoshida-Ryo ou la fin de l'Ecole de Kyoto

14 juillet 2019, dimanche

 

今年4月26日、京大執行部が吉田寮からの立ち退きを求めて、20名の学生を提訴した。

学生を守り育てるべき立場にある大学が、懸命に話し合いを求める寮生たちを足蹴りにして法廷に訴えるとは、なんという暴挙か。

この異常事態は、ひとえに川添信介という副学長個人の偏狭で横柄な所業による。

こいつがテレビでどなっているところを見たが、なんでこういうトランプのような下劣な男を副学長にし、対話を根幹とした京大の基本理念を踏みにじる暴挙を許しているのか。

京大はもう終わったと思っていたら、京大内の少数の教員有志が動きだしていることを知った。

「対話による吉田寮問題解決を求める教員有志の会」が、7月1日に山極総長に要望書を提出した。

 

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わたしたち教員有志は、山極総長に対して下記の事項を要請します。

一、吉田寮現棟明け渡し訴訟を直ちに取り下げること。

二、現寮生の新棟への居住移転と旧食堂棟の利用を認めること。

三、管理・運営上の問題については、居住移転により「寮生の安全確保」を図った後に、寮自治会との対話により解決すること。

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川添を選んだのは山極総長か。山極に英断を望みたいが、副学長が学生を訴えるという異常事態に目を向けないで、外の有名人とのおしゃべりに精出している人間には無理だろうか。

 

7月4日(木)午前11時半から第1回口頭弁論が京都地裁であった。

ぼくは行くことができなかったが、21世紀に吉田寮を活かす元寮生の会のメールニュースでその内容をイライラしながら読んだ。

寮生側は請求棄却を求めた上で、「訴訟は強権の発動で、大学が学生を軽視し、対話を一方的に拒絶している」と陳述したという。

 

尾池元総長ですら、「対話でことを進めるという吉田寮との確約書を引き継がない姿勢に納得できない」と『京都新聞』2019年7月10日付のインタビューで述べている()。

 

次回の口頭弁論は10月7日(月)午後。

弁護団は、これまで京大と吉田寮が積み上げてきた団交確約文の内容を根拠に、京大当局が一方的に提起した請求は合意違反として棄却を求めるとのこと。弁護団と吉田寮自治会は、公判の傍聴を呼び掛けている。

ぼくはまた行けそうにないが、事態の推移を注目していく。

 

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一方で、7月8日、京大は、凸版印刷と共同で、アートを教育に活かしていくことを発表した。総合生存学館でアートの共同講座を開設し、「アートの素養を生かして社会でのイノベーション(技術革新)をリードする人材の育成を目指す」という()。

土佐尚子教授が取り持ったらしい。

イノベーションとやらの言葉が大学を支配する時代。それとつなげないと企業からお金をとれない。

開発・発展(development)という指向が農耕文明以後の人類を支配し、だれもそこに疑問をもたない。

「生存」を冠しながら、この大学組織は開発中心の価値観の上にのっかっている。

だがアートの根源は、障害者や先住民、縄文人ら、力による領土拡充と無縁な非農耕的世界ともつながっており、それとは正反対の位相にある。イノベーションよりもアナーキーな快楽とつながっているのがアートだ。

土佐尚子教授はアーティストではないと確信する。京大のアートへの視線はまちがっている。

イノベーションなどの価値観にしばられず、自由な知の冒険に駆けた京都学派の学的伝統ははるか昔。

やはり京大は終わっている。

 

En stand-by ou la Poésie concrète

10 juillet 2019, mercredi

 

はやぶさ2が7月11日、リュウグウへの2回目のタッチダウンを行う。

JAXAの広報が充実している。タッチダウン地点付近の地形の3次元的動画(Digital Elevation Map)が見れる。

実行を遅らせたことで、タッチダウン付近の地形の把握は相当精緻になっているだろう。

http://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20190710_PPTD/

 

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7月10日の造形計画1Aは、【課題5 Concrete Poetryをつくる(演奏する)】を行った。

詩を作ったことのない学生に、いきなり「具体詩」をつくらせ、制作体験を味わわせる。

そのために前日、ほとんど徹夜で制作条件を練った。

 

[1]1〜5個の素数個(1、2、3、5)のひらがなを紙面空間に配列して具体詩をつくる

 例:「の」「はな」「しかく」「ゆめのなか」

    →1つの単語で(1文字で=「の」だけで)

    →2つの単語で(3〜8文字で)

    →3〜4つの単語で(6〜11文字で)

 

自分でやってみてわかったのだが、ひらがなの単語をランダムにちりばめるだけで、勝手に文字どうしが結びついたり、離れたりして、文らしきものが生成する。

クレーがアルファベットをばらばらと紙面にちらした《詩のはじまり》で示したことは、ひらがなでも生じるのだ。

具体詩の創始者だったオイゲン・ゴムリンガーがクレーの《詩のはじまり》を知っていたかどうかは不明だが、クレーのこの作品こそ、具体詩以前の具体詩といえる。

詩は、ある条件を整えれば、無作為でもできることに気づく(実際には「詩らしきもの」あるいは「詩のはじまり」が。)

実際、たまたま例とした「の」「はな」「しかく」「ゆめのなか」の4つの単語を構成する文字を適当に並べるだけで、詩的な文章が生まれる。これには驚いた。

 

具体詩

 

「ゆめのなかのはなのしかく」(夢の中の花の四角)

「しののめのゆなはかなくか」(東雲の湯女儚くか)

・・・

 

実際、学生たちの試作のなかには、かなりイケてる具体詩ができた。

ネットでの検索が飛躍的に向上した現在、「具体詩」と検索すればすぐに関連画像が見れる時代だから、文字配列の参考にした者もいるだろう。だが、それでも具体詩らしきものがたくさんできたことには驚いた。

もっとも京都や関西に具体詩をやる人は少ないと思うので、単発的な実験に終わる予感はある。

 

漢字を使う課題もつくったが、こちらは今回は「演奏」を取りやめた。

 

10年ほど前にもいくつかサンプル用作品をつくった。

「はい」という作品。孤独な実験だった。

具体詩