Ramasser des images_2

8-10 août 2019, jeudi, vendredi et samedi

 

十和田から久慈へ。

 

十和田市現代美術館

くとうてん。東京から移住したデザイナー夫妻が営むクラフト店(→)。

ふつうの空き家に印象的なロゴの垂れ幕。予備知識もなく、魅かれたが、閉まっていた。

来春までというから縁がなかったということだろう。

十和田市現代美術館

手前の消防署では訓練中だった。ビルの背丈をはかるメジャー付き。

十和田市現代美術館

十和田市現代美術館(設計:西沢立衛、2008年開館)。外壁は金属系サイディングボード。

通路や展示空間のフラットルーフがきたなく汚れている。屋根は傾けないといけない。

 

十和田市民交流プラザ

十和田市市民交流プラザ(隈研吾設計、2015年)の外壁のディテール。

地元の杉のハメ板を隙間をあけて外壁に貼っている。

板をどうやって固定してるかを見ると、木材ではなく錆び止めした鉄の中空角材にビス止め。ビスが簡単に効くのか。

 

久慈もぐらんぴあ

久慈市のもぐらんぴあ

1994年に国家石油備蓄基地の作業坑を利用してつくられた「地下水族科学館」。

3.11の大震災で被災したが、2016年4月に再開館。

石油文化ホールと水族館を組み合わせたきわめてユニークな施設。

左手前は、一人あたり一日の石油消費量が4リットルもあることを1リットルの牛乳パック4個で示している。

わかりやすく楽しく展示しようという意欲が横溢してほほえましい。

 

もぐらんぴあ

手堀りからシールド工法まで、トンネルを掘る技術の変遷を示すコーナーもある。

トンネル技術、石油の備蓄の仕方、さかなに触れる水族館、さらに「北限の海女の素潜り」のデモ。

それぞれ無関係なカテゴリーのぶっとんだ同居。おしゃれにこだわらないのがいい。

 

琥珀博物館

久慈琥珀博物館。これは江戸時代の琥珀採掘坑道跡。

久慈は、バルト、ドミニカと並ぶ琥珀の世界三大産地の中で最古の8500万年前の琥珀鉱脈をもつそうだ。

「穴」を気にしていると、あちこちで「穴」に入り込んでしまう。

 

Ramasser des images_1

7 août 2019, mercredi

 

風邪を引いたらしく、過剰な忙しさのストレスもあって睡眠不足で体調不良。

旅に出てイメージの断片を拾い歩く。

雲

日本のどこかの空の上で。雲が「上」という文字を書いている。

ねぶた

ねぶたの内側を初めて見る。(青森空港にて)

青森県立美術館

青森県立美術館の三和土(タタキ)の床と突き固めた土壁、ホワイトキューブの対比。

三和土の技術や黒っぽい土素材の詳細は不明。審査員の藤森照信さんはどう見たか。

ひび割れの補修の仕方に難あり。ひびは土の本性。崩れる心配ないなら補修する必要はない。

巡回展「こどものための建築と空間展」にて。

青森県立美術館

青森県立美術館で一番気に入ったディテール。竣工して10数年間、このままだったか。

青森県立美術館

外壁と同じ薄い赤レンガに白の塗装。残り部材を告知用に転用し、建築の仕組みをさらりと見せている。

三内丸山遺跡

木組みの部分。梁を受ける斜めの部材は枝ではないが、本来は枝だったのか。ここに枝があれば梁が水平になるという位置に取り付けたのか。しかし掘って組むというような道具と技術がない当時はどうやって? やはり同じような高さに枝を見つけたことが大きいのでは?

縄代わりに巻き付けた蔓が切れている。そもそもこれだけの部材を当時どうやって上に引きあげたのか。

柱間は約420cm、つまり1辺4.2mの立方体を3x3個積み上げている。(三内丸山遺跡にて)

三内丸山遺跡

来春みんぱくでつくるオランアスリの建物の壁にはヨシズを使うのはどうか。竹を編む時間はない。

三内丸山遺跡

集落の道路(幅約7〜12m、東西約420m、南北370m)は地面をけずってつくられていたという。

高さと材質における地面との決定的な差異が、単なる「道」と「道路」を区別する。

土とモルタル?に木っ端を混ぜて押し固められた縄文偽装道路。

三内丸山遺跡

柱材を円錐に組むときは頂点でどう合わせるかがむずかしい。

岩偶

初めて見る岩偶。これは日本最大。集落が増える縄文時代前期。

やわらかい凝灰岩質の泥岩でつくられ、頭部はないが肩と胸部があり、衣紋のような線刻がある。

岩偶

土や石は、あらゆる思いをそこに刻む縄文時代のコンピュータ。

 

国際芸術センター青森

足場板をよく使うので思わず反応してしまう。(国際芸術センター青森にて)

足場板で道なきところに道をつくる・・・昨秋、京芸の授業でやった。

国際芸術センター青森

円形テラス。室内の作品のかたちと呼応。(三原聡一郎作品)

国際芸術センター青森

地下におりる階段に竹でアーチを組んでトンネルをつくることを考える。京大桂キャンパスと交渉しなければ。

 

酸ケ湯温泉

酸ケ湯温泉

Google Chromeのアーススキャンの画面を見ているようだ。(酸ケ湯温泉にて)

 

élagage autour de la étang_2

2 août 2019, vendredi

 

このところ草刈りや伐採ばかりしている。

まず芸大の池のまわり。次いで崇仁高瀬川。そして今度はつちのいえの丘

 

つちのいえの丘は、総務課が業者に出した草刈りの指定場所からはずされている。

だが、「テーマ演習」のひとつとして、オープンキャンパスの対象だし、マムシが出るとか聞いたので、アクセスの道を整備しておく必要がある。で、正午前から一人、炎天下のなか、草刈り機で作業を始めた。

つちのいえの丘

ジャングル化している。つちのいえの丘は本当に自然が元気だ。

つちのいえの丘

つちのいえの丘

つちのいえの丘

 

つちのいえの丘

つちのいえの丘

草刈り機は丸山製作所のBC20T

燃料はそんなに食わないだろうと思って半分強にしていたら、山すそまで刈ったところでなくなってしまった。

だが、水道への道もふさがれていたので、鎌と枝切り鋏で切り開く。

汗だくになったが、つらくはなく、楽しい。

熱中症などには縁遠い夏向きの体質でよかった。

だが15時からの「博士課程オープンリサーチプログラム」の途中で、脚がつった。。。

 

これから脳を絵画脳の方に切り替えねばならない。

6つの京都市営浴場ののれんづくりを指定管理者の都総合管理から頼まれたのだ。

 

Ka-wa-ra-mo-no

1août 2019, jeudi

 

この3月まで芸大の教務課長だった小森和幸さんが都市計画局すまいまちづくり課に移動し、東九条の高瀬川と脇の須原通り近辺の担当になった。

小森さんから、東九条の住民を集めて「高瀬川と須原通りへの想いを語る会」をするので来てくれと頼まれ、東九条の「地域・多文化ネットワークセンター」へ。例の付箋紙を使ったまちづくりアイデアワークショップ。小森さんが仕切っている。参加者は、地域に十分な見識をおもちで、はっきり意見を述べる方が多かった。東九条マダンのキン・クワンミンさんも来られていた。

 

秋に住民の意見をふまえたデザイン案提示、来年2月には基本設計とすすむ。

高瀬川沿いの修景は、河川整備課からすまいまちづくり課にイニシャチヴが移った。

だが縦割り行政で、区画ごとにばらばらに進めている。

高瀬川をトータルに考えてくれといっても耳を貸さない。

行政を相手にすると貧乏くじを引くことになるので、身を引いておこう。

 

崇仁に立ち寄ると崇仁テラス横のフェンスが撤去されていた。

まだ道路の整備があるので、低い柵をつけるらしい。

芸大移転で取り壊す市営団地の住民が入る崇仁団地新棟が全貌を表わした。

同じ仕様(デザインとはいえない)の団地が塩小路通りの北にも出来ている。

再来日した鄭波(ジェン・ボー)とばったり出くわす。

 

崇仁テラス

新幹線が通るのが見えるこの風景も、芸大B地区ができれば消える。

5階建ての建物は高さ22.5mもあるからだ。

テラスをつくったときから予想していたこととはいえ、空き地を流れていた高瀬川がビルの谷底になるのだ。

芸大移転の基本コンセプトを「テラス」としたのはぼくだから、忸怩たる思いにかられる。

 

このあと、東九条のハトバカフェで、アートブック・ユリーカの小西友紀子さんと海外の美術書の出版・流通事情などについて話す。

彼女はもうすぐチューリヒへ移住する。まもなく8月4日から最後のブックフェア。

ウェブサイトの充実ぶりがすごく、毎月20000件のアクセスがあるという。

 

6時半からは、近くのうるおい館で、崇仁自治連合会の人たちと芸大設計JVの大西麻貴さん、行財政局やすまいまちづくり課の職員らと打合せ。芸大の外構工事についてのプレゼンと住民の意見聴取。

地域としては消滅するに等しい崇仁の歴史と記憶をキャンパスの内外のデザインに埋め込んでいくこと。

外構工事はまちづくりと深く関わるので、芸大の建設費を削るのではなく、京都市から別途予算を出させる必要がある。

七条以南の高瀬川流域を「創造の河原」にせよと河原者はつぶやく。

だが、縦割り行政に居直る京都市には無理だろう。

 

気がつくと、もう8月。

 

Suujin Terrasse vol.6

28, 29 juillet 2019, dimanche et lundi

 

「崇仁テラス」第6期の制作。

台風6号が近畿に来たため、27日(土)は作業はやめて、28,29日で設置を行った。

 

28 juillet 2019, dimanche

 

人手が足りないこと、川の西側からの搬入路がふさがれていることを心配して、長岡京でトラックをレンタル。

だが元崇仁小学校に着くと、菊浜高瀬川保勝会の上村隆明会長、七条大橋をキレイにする会の井上茂樹さんと石原さん、照明会社(なないろ電気)の井上社長とスタッフの前中由希恵さん、京都造形芸大学生の奥山愛菜さんらが待ちかまえてくれていた。

 

足場板54枚、コンクリ台付き束柱15本、梁や筋交い用の木材を3回に分けてトラックに積み込み、川の東側の団地(楓のまち)の車路から搬入した。トラックから川岸までリレーで運んだので、午前中に資材搬入は終了した。

途中、団地の5階の住民から「うるさい、静かにしろ」と怒鳴られたので、昼食後ビールを持って挨拶に行く。

訪れた住居には、なんと去年の生き物アートワークショップの参加者の女の子がいて、面倒なことは起こらずに済んだ。

 

崇仁テラス

午後は、まずテラスの設置位置を決め、対応する川面に繁茂した草刈から始める。

はじめ南側にずらすことを考えたが、やはり大島桜の木陰が夏の日差しを遮るので、位置は春と同じ。

崇仁テラス

崇仁テラス

手伝ってくれた奥山愛菜さんは、京造の総合造形コース2回生。「ソーシャルアート演習という授業で、フィールドワークをして作品を制作する」ということをしていて、崇仁での活動を知って、参加してきた。

瀬戸内の自然豊かな環境に育ったらしく、立体造形を学んでいるので、インパクトドライバーも扱え、施工のセンスもいい。

 

「ソーシャルアート演習」というのは京芸にはないタイプの授業だ。

最近あちこちの大学で、地域に関わる授業を行っているらしいが、そういう枠組みをわざわざ授業として学生にやらせることに違和感を覚える。私的個人的なことは同時に政治的社会的なものであるように、人間や物質に関わるアートはもともとソーシャルなものだ。日本各地の「地域アート」の流行が背景にあるのだろうが、ぼくは基本的に「アート」の前に何かを冠することがきらいだ。

アートはアートであって、それ自体としての深さと広がりをもつ流動体であり、多様な変化を許容する。

ぼくはじつは芸術至上主義者なのだが、そう見られないのは、「芸術」の定義が人とちがっているのだろう。たぶんアートを市場価値でしか見ない連中と。

 

崇仁テラス

川に足を浸す「足水」。夏にぴったりだが、冷やしすぎるとよくないらしい。

 

崇仁テラス

この日は構造が組めたところまで。(午後4時すぎ)

 

29 juillet 2019, lundi

 

崇仁テラス

翌日は朝から川の水は濁り、水量も多い。

塩小路以北の高瀬川に重機を入れて、草取りと河川整備を行っている。

南部土木事務所が委託した業者の仕事らしい。

崇仁テラス

この日、午前中は筋交いなどの補強を行う。

水量が多く、いつもは見える束柱のコンクリ台が水没している。流れてくる草の量も半端ではなく、テラスの足にひっかかる。

この除去が問題だ。

崇仁テラス

昼は前日と同じ須原通りの「あい子ちゃん」食堂で。前日はマンボ焼、この日は焼きそば。

崇仁テラス

あい子ちゃん食堂で、久しぶりに仁君と会う。2年前の2017年12月、テラス解体の時にやってきて、手伝ってくれた。

「今、またテラスつくってるけど来ないか」と誘うと、午後にやってきた。

仁君は芸大移転のC地区になる市営住宅26号棟に住んでいて、11月にはテラス西側の市営住宅新棟に引っ越してくるという。

地域の当事者でもある彼がテラス作りを手伝ってくれるのはうれしい。

お父さんが大工らしく、インパクトドライバーもすぐに使い方をマスターするなど、ボランティアおじさんよりはるかに施工センスがいい。

崇仁テラス

すきまをそろえる。

崇仁テラス

午後4時過ぎ、二人で無事テラスを完成させ、かき氷で乾杯。

崇仁テラス

気持ちいいとテラスに寝そべる。大きなすきまからは川の流れがよく見える。

川の上はつねに空気が動き、体感温度も低い。午後になるとテラスは高層団地で影になり、夏でもかなり快適だ。

団地や近所の人が気軽に利用してくれたらと思う。

 

崇仁テラス

看板やベンチもあることを知っていて、置こうと率先して動く。配置は仁君の指示に従った。

このあと、川から重たい岩も引き上げて設置した。