la Terre sans l'être humain

mardi 8 mai 2018

 

あるとき、ぼくにとって美術は「人間以外のものと仲よくなる術」だとわかった。

いつも人間以外のもの、そして人間以前、人間以後を考えないといけない。

宮澤賢治は、「イギリス海岸」で人間のいない時代のことを想像した。

レヴィ=ストロースは、『悲しき熱帯』で「世界は人間なしで始まり、人間なしで終わる」と述べた。

これは文学的感慨とは無縁の当たり前の真実。

 

200万年以上生存した化石人類はいない。あと100〜200万年以内の人類滅亡は避けられない。せいぜいもって数百万年。

 

だがそのあとも地球と生物の進化は続く。

 

暗い太陽のパラドクス

太陽は誕生以来、少しずつ明るくなっている。

地球ができた頃の太陽は今より30%暗かった。にもかかわらず地球は凍りついていなかった。

理由:現在の数千倍〜数万倍ものCO2による温室効果による。CO2はカンブリア紀でも10〜20倍。

*現在の地球の平均気温=15℃ → 温室効果を引くとー18℃になる

*負のフィードバック:太陽が明るくなるにつれて、温室効果の上昇をとどめる負のフィードバックが働き、地球の温度の急激な上昇や下降を抑制した。

 

二酸化炭素の減少・温度上昇・生物絶滅

だが数億年の単位でみれば、大気中のCO2は減り続け、負のフィードバックが効かなくなる。すると地球の温度は上昇する。

CO2の減少は、光合成をさまたげ、やがて植物は滅びる。水蒸気もなくなっていけば、生物は地上に住めなくなる。

体の大きい多細胞生物は、生存できる環境の幅が狭く、まず多細胞生物がいなくなる。

→ 次に単細胞生物のなかでも真核生物がいなくなる。

→ 最後に残るのは古細菌や真正細菌。それらは初期と同じ好熱菌。

 

パンゲア・ウルティマから海の蒸発へ

プレート理論によれば、2億〜2億 5000 万年後に再び超大陸ができる(パンゲア・ウルティマ)。

その前後、1.5億〜4.5億年後に、地軸の傾きの変化が混沌となり、地球の軸の傾きは 90°傾き始めるかもしれない。

磁気ダイナモ(磁場)は破壊に追い込まれ、大気圏からは揮発性物質が加速して放出されていく。

約 10億年後には、太陽の明るさは現在より10%明るくなる。

これは海洋の暴走蒸発をもたらし、地表の液体はすべて蒸発し、海も消滅する。

プレートテクトニクスは終了し、最後に全体の炭素サイクルも終了する。

遅くとも20億年後までには、地球のすべての生命は絶滅する。

だがその後も地球は、赤色巨星になった太陽に飲み込まれて蒸発するまで、生命なき星として存続する。

今とはまったく別の姿の星として。

 

生命史は地球史の約半分

地球の歴史は約45億年前〜約50億年後のおよそ100億年。

生物の歴史は約40億年前〜約10億年後のおよそ50億年(全地球史の半分)。

現在は地球史全体の大体5分の4が終わったところ。

 

 

Mycetozoa et la composition plastique

dimanche 6 mai 2018

 

車で白浜の南方熊楠記念館へ。初訪問。

200km、約3時間(京都縦貫道〜第二京阪〜近畿道〜阪和道〜湯浅御坊道〜上富田IC〜番所山公園)。

 

熊楠は文化人やアーティストに大人気なので、人気者ぎらいのぼくとしては、これまで接近を控えていた。

だが、今度参加する「複数形の世界のはじまりに」展で、ほかの作家らが絶賛し、「粘菌」がキーワードの一つにもなったので、おくればせながらアプローチすることにした。

 

鎖国中、外国船を見張る番所を設けたことから名前が由来する番所山公園の頂点に記念館がオープンしたのは昭和40(1965)年。シーラカンスの小嶋一浩(1958-2016)・赤松佳珠子(1968-)設計による新館ができたのが2016年。

テーマが熊楠だし、展望がすばらしいので、建築デザインはチャレンジングだったろうと想像する。

南方熊楠記念館

第3展望台からの眺め。

南方熊楠記念館

エントランスにあった建築模型。新館は旧館に触手をのばして融合しようとする。粘菌の解釈と思われる。

南方熊楠記念館

通路部分の2階は見晴らしのよい読書スペース。屋上は展望のための視点をのびやかに動かす。

南方熊楠記念館

無柱空間の2階を支える1階のピロティ。構造はラーメンにアーチを挿入(半アーチ+ピン柱)して水平剛性を高めたという。

南方熊楠記念館

旧館の方から新館を見る。すきまは1mくらいか。施工がたいへんだったろうと思う。

南方熊楠記念館

ピロティに乗った建物の屋上のデザインとなれば、きっとル・コルビュジエを参照しただろう。

南方熊楠記念館

驚いたのが、建物のすぐ脇に立つ巨大なシマナンヨウスギ。

南方熊楠記念館

アローカリアともいい、ニューカレドニアが原産。メタセコイアやイチョウ等と同様に生きた化石の一つと言われる異形の針葉樹だ。

南方熊楠

熊楠の出発点が知れたのはよかった。江戸時代の博物学の書『本草綱目』や、和製百科事典『和漢三才図絵』を小さい頃からひたすら書き写したという。

書き(描き)写しは、独学者の基本的な学習方法だ。ぼくも独学者だったからわかる。

若き熊楠の知への飢えをからだに感じた。

南方熊楠記念館

記念館の屋上からエントランスホールまでを貫くように吊られていた筒状の空間造形(ランタンとよばれる)は、ポリエステルのテープに『和漢三才図会』を模写した少年期の熊楠の文字を印刷したものを編み合わせているという。

エントランスというロケーションにふさわしく、まさに粘菌的構成で熊楠の世界をうまく造形していると思う。

 

番所山公園から車で30分、田辺市役所近くの住宅街に熊楠後半生の住居が残っており、傍らに南方熊楠顕彰館が建っている。

南方熊楠

紀州の木を多用したこちらのデザインは、矢田康順/インテグレーティッド デザイン アソシエイツ+堀正人/ホリ アーキテクツ。隈研吾かと思った。

南方熊楠顕彰館

旧居の方に、熊楠が研究室として使っていた居間が、資料を配して公開されている。

熊楠は研究や執筆でも机を使わず、畳の上でやったという。

机は顕微鏡をのぞくために脚を一部切って斜めに傾けている。

南方熊楠

庭がよかった。新種の粘菌を見つけたという柿の木が残っていて、安藤蜜柑などの紀州の柑橘類があちこちに植えられている。南方熊楠

名前の由来になった大きな楠が枝を広げ、死の床で紫の花の幻を見たという巨大なセンダンの木もあった。

 

それにしても、植物の名前がなかなか覚えられない。

熊楠のように描き写して覚えなければならない。

 

さて、粘菌的造形というのがあるとすれば、それはどういうものだろうか。

それは、事物であれ、主体であれ、西洋近代型の文明が依拠する「自己同一性」の理念などに基づかない、開かれたネットワーク型の造形だろう。

それは始まりと終わりを持たず、たえまない流動と変成のなかにあるだろう。

書き(描き)写しから始まった熊楠の知がそうだったように。

 

mon iPhone est cassé...

samedi 5 mai 2018

 

この日の高瀬川の川掃除には、東九条マダンの人も参加して、にぎやかだった。

ぼくは複数形の世界展のために、高瀬川の水中撮影をするつもりだった。

takasegawa

ところが先日29日のアオダイショウに続いて、今日は大きなクサガメがいた。

takasegawa

takasegawa

takasegawa

川底の泥に頭を突っ込んで餌を探す亀

 

それも撮影しようと、デジカメを甲羅に載せたり、水中に沈めたりしているうちに、胸のポケットに無造作に入れていたスマホを水中に落としてしまった。

すぐに気づかず、崇仁小学校内の川掃除のあと、あわてて川の中を探して見つけたが、画面表示部がショートして使えなくなってしまった。

iPhone6sはまだ防水性ではないのだ(iPhone7から耐水性)。

機種交換しか手がないらしい。

 

不注意だった。

 

nettoyage du canal Takasegawa vol.11

jeudi 26 avril 2018

 

いつもの高瀬川の掃除イベントのチラシの裏に、先日4/7の生きもの調査の報告を載せようとして、崇仁高瀬川保勝会のロゴをつくることになり、時間がかかってしまった。

この日、ようやく入稿。

配送先の柳原銀行記念資料館が4月29日(日・祝)は閉まっているため、28日納品が必須となり、割高になってしまった。

 

たかせがわをきれいにしよう180505

 

たかせがわをきれいにしよう180505

 

*A4チラシ・フライヤー 両面カラー 上質90kg 100枚 1日納期 5,570 (円)

 

29日にいったん「崇仁テラス」を再撤去する。

 

・ ・ ・

dimanche, 29 avril 2018

 

09:50 崇仁テラスに到着

11:40 床の足場板56枚、すべて撤去

12:50 食事中、2m近い大きなアオダイショウが川面を泳ぐのに出くわす

手伝ってくれていた地元の少年 迅君いわく「あれは本物?」

16:00 撤収完了

17:00 帰路、フェンスの扉の施錠と資材保管場所の整理を忘れていたことに気づき、現地に戻る

18:00 施錠と資材保管所の整理を終えて、再度帰路につく

 

テラス解体2018.4.29

 

テラス解体2018.4.29

今回、ビスの打ち込みが斜めになったものが多く、はずしにくかった。

施工を急かされるととろくなことがない。

人が手伝ってくれるのはありがたいが、ヘタな人に手伝ってもらうとかえって時間をロスする。

むずかしいところだ。

 

大蛇およぐ高瀬川

2m近い大きなアオダイショウが近くの川面を泳ぐのにでくわした。

手伝ってくれていた地元の少年の迅君が「あれ、本物?」というのに笑った。

オオシマザクラ

傍らのオオシマザクラのサクランボができかけていた。

この場所の自然の豊かさを再確認する。

テラス撤去

次の施工は7月末になるか。

真夏の作業になる。

でも灼熱の夏はぼくの季節だ。

日本人がみな暑さにうんざりする季節に、ぼくは浮き浮きする。

 

 

 

Les rapports

lundi, 9 avril 2018

 

4月になって、去年行なったワークショップやセミナーの報告書が各大学から届く。

reports

静岡大学教育学部の「ワークショップ100」でやった二つのワークショップ:「アートブック『偶然歌集』をつくる」「世界を測る」。

九州大学芸術工学部のソーシャルアートラボでやったフォーラム:「クリエーティブ・アーカイビングの手法」。

 

いずれも文化庁の「大学を活用した文化芸術の推進事業」の助成金による。

ぼくが務める京都芸大も、同じ助成金で移転プレ事業"still moving”や、アートマネジメント人材育成事業「状況のアーキテクチャー」を行なっている。

文化庁は「アートマネジメント」とやらには助成するが、かんじんのアーティスト育成への助成はきわめて貧弱だ。

助言する人間が文化政策やアートマネジメントの専門家なのだろうと推測する。

何かまちがっている気がする。

 

・ ・ ・

昨日、ギャラリーマロニエの企画展「自我像」への出品作品、搬入締切のギリギリになって完成。

「自我」というのは自分の関心から一番遠いテーマだが、制作プロセスが自分らしかった。

行き当たりばったりなのだ。

その「ばったり」という感じそのものの作品。なのでタイトルは「Rencontre (出会い)」とした。

このところ大きな展覧会やプロジェクト、イベント続きで忙しかったが、個人的な制作はやはり楽しい。

自分本来のあり方を思い出させてくれた。

 

Rencontre

"Rencontre"(部分)

 

それにしても休みのない日々が続く。。。

庭の楠の若葉がみずみずしく光と戯れる季節になった。

 

楠