南モロッコへ au sud Maroc

29 oct 2016

(はじめてスマホで投稿)

もっかパリのシャルルドゴール空港でカサブランカ行きの飛行機待ち。
手荷物チェックにお茶を持って入れないので、手前の椅子で休憩。
空港内は、パーティションで通路を区切って移動を制限している。

昨日は準備でほとんど徹夜だったので、頭がぼうっとしている。

飛行機内で見た映画、フランス人の中年男が言葉の通じない異国のアルメニアの田舎の村で救世主に間違われる話が面白かった。

ヨーロッパでもどこでも田舎は面白い。
これから行くモロッコのタタはどうだろうか?

 

(スマホはここまで)

 

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KIX 11:00 (AF 291)- 16:15 Paris CDG 19:00- (AF 1496) -21:05 Casablanca 

 

Casablanca 空港について飛行機の出口で渡されたのは、Royal Air MarocのAT417の乗り継ぎ券。

予約したAT421便がない! どうなっているのか? 

2時間も早くAgadirに着いてしまった。

誰もいなくなったAgadir空港のカフェで、ネット接続にも難儀する。

 

いくら待っても迎えが来ず、空港の外で夜を明かすのはいやなので、唯一残っていたタクシーでアガディールの町中へ。

だがアガディールについて、事前の情報入手はゼロに等しい。

新空港らしく町から30kmも離れている。運転手は悪くないが、250DHもかかる。

幸い教えてもらったホテル Hotel Oasis(ワジスと発音)が空いてた。

 

パリからカサブランカへの夜間飛行

パリからカサブランカへの夜間飛行

 

カサブランカ空港で

カサブランカ空港の夜間乗り継ぎの手荷物検査はたった一人で担当していて、通るのにすごく時間がかかる。

 

カサブランカ空港で

カサブランカ空港の待ち合いロビー。

 

カサブランカ空港で

なんと予定の飛行機がない。。。

 

カサブランカ空港で

カサブランカ空港でアガディール行きに乗り継ぐ。

飛行機のなかで名前を呼ばれたので、何かと思ったら、出口でひとつ早い便の切符を渡される。

 

アガディール空港

アガディール空港に着いたのは真夜中。迎えはだれもいない。

予定便の到着を待ったが、やはり誰も来ない。

警備員に一番近い町中のホテルを聞き、一台だけ残っていたタクシーで町に向かった。

 

Hotel Oasis

Boulevard Mohammed 5, Agadir 80000, Morocco

400DH(朝食付き)

 

それにしても、どんな異国の町でトラブルにあっても平然としている自分の性格にあきれる。

 

 

 

 

 

 

山桜狂い咲き fleurs de cerisier en automne

2016/10/17(lun)

 

庭の山桜が先週木曜あたりから狂い咲きしている。

 

 

南モロッコで使うため、Zuikoのコンパクトな望遠レンズ ED14-150mmF4.0-5.6 II を購入。ためしに撮影。

 

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広告が増えてきたexciteのブログから脱出をはかる。

JUGEMブログのテンプレートを編集して、広告(recommend)を削除できた。

ヘッダーのサイズや色の変更とかにとまどったが、なんとか成功。

千歳茶(#494a41)と岩井茶(#6b6f59)。

htmlとcssを勉強しておいてよかった。
 

記事の編集、日付の指定、画像表示やリンクなど、いくつか練習。

画像は巾を自動的に抑えるそうなので、巾960pxの画像をアップしてみる。

MacBookAirには大きすぎるが、編集画面でドラッグで縮小できた。

ブログは備忘録として重用しているので、早くマスターしなければ。

 

端をそろえる Aligner la fin

2016/10/8(sat)

 

 

 

漂流するアクアカフェ drift@KCUA-Cafe

2016/10/5 (wed)

 

2014年度から関わっている「漂流するアクアカフェ」は、京都芸大の移転に先立ってアートスクールのあり方を考える集いだが、今回は、森村泰昌さんの提案で、大学移転そのものをゼロから考え直すものになった。

 

台風接近のために、屋外にテラスを仮設するという楽しいことはできなかった。

代わって、大学会館のサロンにブルーシートを敷き詰め、小山田徹さんからでかい木製テーブルをお借りして、工事中的な空間をしつらえた。

学生時代に自治会で活発な活動をしていた松井利夫さんを特別ゲストに迎え、鷲田清一学長にも飛び入り参加していただいた。

 

「そもそもなんで大学移転なん?」

 

森村さんの思慮と、松井さんの毒舌が冴える。

 

僕も学生時代は学校なんか行かなかったと言いたかったが、現役学生の手前、それはがまん。

「学校」や「大学」への根強い不信を秘めたこんな教員がいてもいいのだろうか。

 

 

静岡大学でのワークショップ Workshop at Shizuoka University

2016/10/3(Mon)

 

静岡大学の白井嘉尚先生から依頼されて、アートマネジメント力育成事業とやらで、二つのワークショップを行った。

 

 

文化庁助成「大学を活用した文化芸術推進事業」というのは、勤務先の京都芸大でもやっているが、

なんで文化庁は「アートマネジメント」などにお金を出すのか?

「アートマネジメント」というのは、美術なり音楽なり演劇なり、できあいの芸術形式をそのまま承認し、その普及をはかるものではないのか。

そこには、「芸術」や「作品」、あるいは「アーティスト」といった既存の前提への何の疑いもない。

少なくともそれは、アーティストがやることではない。

というわけで、僕がやったのは、アートマネジメントとは何の関係もない造形遊びだった。

(白井先生、すみません。)

 

参加者は学生からシニアまで、芸術に何らかのかたちで関わる魅力的な方々だった。

少なくとも、アートは、アナーキーな万物等価生成流動のなかでのみ生起すること、

取るに足りぬ芥のようなものも救いうること、要はあらゆる存在の大きな肯定であること、

が少しでも伝わっただろうか。