l'eau pour les yeux

3 janvier 2018

 

ひさしぶりに柳谷観音へ。

今年初めての樋との出会い。

yanagitani-kannon

一昨年はモロッコでたくさん雨どいと出会った。

今年も異国で雨どいと出会いたいが。

 

yanagitani-kannon

光明寺、善峰寺と並ぶ西山三山のひとつ、柳谷観音は、眼に良いという独鈷水(おこうずい)で知られる。

811 年、弘法大師空海がここの石清水で母猿が小猿の眼を洗うのを見て、ケモノにも効く水なら人間にもと、密教法具の独鈷(とつこ)で7日間水をかき回して霊水にしたという。

ぼくはよく眼の角膜の血管がやぶれて、眼が妖怪のように真っ赤になるので、年頭にお祈りしておこうと思ったのだ。

それに今年も水絡みの仕事は多そうだし。

 

yanagitani-kannon

弘法大師の足型。下に四国八十八霊場の砂が敷いてあるそうだ。

裸足になって合わせて立ち、南無大師遍昭金剛と唱えると足腰が丈夫になるというので、実行する。
今年も足腰を使いそうなので。

大師と信者、二つのからだが重なるというのが面白い。

それにしても冷たかった。

 

la fin d'une galerie d'art contemporain

17 decembre 2017 (dimanche)

 

蹴上のアートスペース虹に作品搬入。

「虹」の最後の展覧会「非在の庭:最終章」。

出品作家は180人を越える。

アートスペース虹・非在の庭

アートスペース虹・非在の庭

 

熊谷寿美子さんには春先から「出してや」と言われていた。

いつも出品していた年末のカレンダー展の発展形で、36年の歩みを締括るのだろうと想像できた。

熊谷さんとは開廊初期からのつきあいなので、寂しくなる。

いろんな話をした。

もっとも画廊を借りて展覧会をすることを否定していたから、

虹を貸し画廊として借りて展覧会をしたことは一度もなく、

三人展の「ノート'90」と個展「時間のレッスン」の2回とも企画だった。

あとは2000年から続くカレンダー展への参加だけ。

たぶん今後とも画廊を借りてまで展示をすることはあるまい。

 

アートスペース虹・非在の庭

参加者が多いので、搬入はたいへんだった。

糸を張るのを手伝った。

サイズはA4以下とあったが、無視した作品もいっぱい。

 

アートスペース虹・非在の庭

 

一昨年は、斜め向いのギャラリーすずきの閉廊展を頼まれて、

今村源さん、日下部一司さん、三嶽伊紗さんと「散歩の条件」という4人のコラボレーション展をやった。

閉廊に立ち合うことが続いている。

 

やはり画廊と言うのは画廊主一代限りのものだろう。

代を越えて続く場合でも、カラーが変わる。

 

toit incertain

 

作品は《ふたしかな屋根》のシリーズ。

天地23cm。極力小さいものにした。磁石と磁鉄工を使って、ひと(熊谷さん?)と物質、水の流れを表わした。

壁への取り付けも画鋲と磁石。

 

------

27 december 2017

 

展覧会が終わって、今ごろの覚書になるが、

熊谷さんの企画で三人展"NOTE'90"(中原浩大・狩野忠正・井上明彦)をやったのが虹での最初の展示(1990年)。

「ノートを見せなさい」という熊谷さんのリクエストに応えるものだった。

狩野さんは当時竹中工務店の設計部長だった。そのころぼくは静岡にいた。

狩野さんの部下の竹中工務店の人にドローイングが気に入られて、買ってもらった。

はじめてのことだったので、うれしかったのを覚えている。

(今回の最終展でも拙作を建築家の人に購入いただいたので、不思議な縁を感じる。)

 

次にまた企画でやらせてもらったのが、「時間のレッスン—N氏コレクションから—」(1993年)。

難波道弘さんがコレクションされていた河合寛次郎もガラクタも僕の作品もごちゃまぜにしたアナーキーな展示で、時間と価値の関係を問いながら、美術館芸術から脱出をもくろみ、「作家」も「作品」も宙づりにしようとあがいていた。

さすがの熊谷さんも心配して、そのとき住んでいた岡山に来られたことがある。


恒例のカレンダー展以外、虹で展示をしたのはこの2回だけだ。

 

もう一度、「時間のレッスン」をやりたかったが、かなわぬことになった。

いつかどこかでできるよう、精進しておこう。
 

 

cérémonie de la village NODA

9 decembre 2017 (samedi)

 

午後7時、大原野の野田会の年末行事「お火焚き」を久しぶりに見に行く。

今年は「誘蛾灯」もなかったし、大五さんらにもしばらくお会いしていない。

 

田んぼの真ん中に、今年も立派な竹のピラミッドが組まれていた。

 

大原野野田会お火焚き

神主さんがいて、祝詞をあげるのに立ち合うのははじめてだ。

 

大原野野田会お火焚き

野田会の会長さんが火をつける。あっというまに燃え上がった。

 

大原野野田会お火焚き

大五さん。自然なポーズがかっこいい。

 

大枝大原野に関わってきた「大枝アートプロジェクト」のウェブサイト、芸大のサーバーにおいてきたが、ずっと情報管理をしていただいていた藤原隆男先生の退任で、今後の維持があやしい。

自分のサイトに引っ越すか。

 

 

 

Suujin Terrasse decomposée

2 decembre (samedi) 2017

 

毎月第1土曜は、高瀬川掃除の日。

suujin-terrace

 

かねてからの約束通り、この日に「崇仁テラス」を撤去することになっていた。

春に再設営することになっているとはいえ、何があるかわからない。これが見納めになるかもしれない。

 

高瀬川の西側の空き地も、来春には団地の建設工事が始まるから、これが最後の秋になるだろう。

 

terrain vague Suujin

空き地の草地越しに団地を望む。この風景も数ヶ月後には消える。

 

消滅することがわかっている空き地のなかにいて、風や光を感じていると、なんだかとても幸せだ。

今回の《テラス》は、それ自体は「美術作品」ではないかもしれないが、周りとの関係性でこれまでにない感触があった。

何よりあの制作がなければ、こうした省察と官能の時間は持てなかった。

それをもたらしてくれたのは、建築ではなく美術をしていたからで、やはり美術には感謝しなければならない。

 

朝9時から一人で床板にしていた足場板54枚をはずしにかかる。

13時半からの掃除後、高瀬川保勝会の山内政夫先生や中村伸之先生、崇仁発信実行委員会の藤尾まさよさんらが手伝ってくれる。

現役の芸大生も初めて作業に参加。

 

suujin-terrace

足場板を岸に渡して資材運搬の近道をつくる。

 

suujin-terrace

苦労したジョイント部分。揺れもしなかったから、この組み方で正解だった。

 

suujin-terrace

地元の少年(仁君)が手伝いたいと言ってやってきた。

父親が大工だそうだ。旋盤工の父のもとでいろんな工作作業をやっていた自分の小さいころを思い出す。

来春、桜の咲くころに再建するからいっしょにやろうと言うと、うれしそうにうなずいてくれた。

立っているのは崇仁鉾保存会会長の林伊佐雄さん。

 

いつも何でも一人でやっているので、手伝いの人がいるとじつに助かる。

 

suujin-terrace

資材は旧崇仁小学校体育館西側にコンパクトに収納。

看板をうらがえして保管場所に立てておく。

今回の一番の成果は、テラスの設置場所と作業場兼資材保管場所を同時に確保できたことだ。

来春、またここで作業できれば。

 

 

Ponso no Tao

27 novembre 2017 (lundi)

 

Ponso no Tao

 

Ponso no Tao

 

夕方5時すぎ、+1 art の年末チャリティ企画展「12 messages 2017 : 海 Ocean」に搬入。

 

作品は昨年のKunst Arztの企画展「フクシマ美術」の出品作 "3 Horizons" の小さな続編という感じになった。

使った写真は "3 Horizons"では使わなかったもの。

いずれも台湾・蘭嶼島の核廃棄物貯蔵施設の壁面装飾画。

 

例によって、パーツ間の形態的意味的照応を制作原理にした。

写真の内と外、珊瑚と石膏の人体、頭髪とプラスチックと金属の冠り物・・・

「臭いものの蓋」として使われる美術/装飾、というのはあとからの理屈。

 

昔、タオ族が自然とともに生きていた環境では、原発のエネルギーは必要なかった。

海は漂流する不可視のマイクロプラスチックのスープと化していく。

トビウオ漁のための深い笠は、その海面にどのような影を落とすのか?

その影こそが主題だった。

戦闘準備だ!

 

Ponso no Tao

 

2016年夏の蘭嶼の旅は本当に刺激的だったが、忙しくてこの備忘録に記録をアップできていない。

この9月のことだが、やなぎみわさんと「漂流するアクアカフェ」について打ち合わせしていたとき、彼女も蘭嶼に行ったことがあると聞いて、びっくりした。蘭嶼まで行く日本人アーティストがほかにもいたのだ。

 

ぼくは原住民の自然観・世界観、そこから来る生活の造形に関心がある。

何せ台湾の大学教授に「あなたの考え方は原住民と似ている」と言われたくらいだ。

彼らも大地反私有の考え、「無縁」の思想を持っているのだろうか。

 

Ponso no Tao

台電蘭嶼核廃棄物貯蔵場(2016年8月4日)

 

Ponso no Tao

 

Ponso no Tao

 

Ponso no Tao

 

Ponso no Tao

蘭嶼 核廃棄物貯蔵施設近くの野外教会にて(2016年8月4日)

 

Ponso no Tao

伝統的なタオ族の住居・地下主屋。野銀村の旧集落にて(2016年8月4日)

 

Ponso no Tao

同じく「涼台」。ここで海を見ていた老人は日本語を話した。(2016年8月4日)

 

Ponso no Tao

蘭嶼文物館(民俗資料館)のまえに地下家屋の実物大模型がある。