le concret et l'abstraction

22 mai 2017 (dimanche)

 

豊田市美術館に遠征。

 

手元に具体芸術研究所 Stiftung für Konkrete Kunst (Reutlngen) が1990年に出した展覧会図録『具体芸術 ART CONCRET』がある。

カバーに1930年にパリで出版されたArt Concret 誌創刊号の1節が復刻印刷されている。

 

ART CONCRET

 

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1) 芸術は普遍的である。

2) 芸術作品は実制作以前に精神によって全面的に構想・形成されていなけされていなければならない。それは自然の所与を受け入れるべきでないし、官能や感情の所与も受容すべきでない。われわれは抒情やドラマティシズム、象徴主義なども排したい。

3) 絵画は純粋に造形的な要素、すなわち面と色彩によって全面的に構築されていなければならない。絵画的要素はそれ自身以外の意味を持たない。結果として絵画はそれ自身以外の意味を持たない。

4) 絵画の構築もその要素も簡潔で視覚的に統制可能でなければならない。

5) 技術は機械的でなければならない。すなわち正確であり、アンチ印象主義的でなければならない。

6) 絶対的明晰さのために努力せよ

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ここにあるのは、主観的・感情的・個人的要素の排除ないし抑制が「普遍的」で「絶対的に明晰なもの」への道であるという信仰である。

それを彼らは「具体的 concret」と呼んだが、ここでの「具体」は、岡崎乾二郎が抽象芸術に望むような身体的認識に関わるものではない。2)に言うように、構想と制作は前者の先行と優位によって分離されているからである。

上記の原文が展示されていたが、内容をわかっているのだろうか。

モンドリアンと異なって、二流の追随者たちはきわめて安易に精神>肉体の西洋的二元論にあぐらをかく。

 

「具体」の語や概念の考察は、フルクサスが重視した「具体」の考察ぬきにありえないが、それも欠落していた。

萬鉄五郎の『仁丹』がなかったことも残念だ。

漱石については買いかぶりすぎだ。コンプレックスの裏返しか。

刺激を受けたのは、シュタイナーの積み木と、熊谷守一の計算ノートくらい。

 

美術史的なものとは異なる「認識」の表明は結構だが、実践的な立場から造形芸術の見直しに同じような関心を持つ者として、総論賛成・各論疑問という以上の感想を持ちえなかった。

これが疑似的な論証(意外と歴史家の手つきに似ていたのは皮肉というほかない)を伴ったキュレーション(展覧会構成)ではなく、表現の域に達していたら、ちがった感想をもったかもしれない。

 

別の一室で開催されていた「追悼・小嶋悠司」展で、久しぶりに小嶋悠司先生に出会う。

人間や動物の屍や切断された断片が混じり合うイメージの出所がどうしても納得できない。

朱色の線で形象をたどるのが浮いて見える。

 

芸術に関して、言葉で表明された他人の「考え」に充たされることはもうないだろう。

ダ・ヴィンチや宮澤賢治など、例外的な芸術家のは別として。

 

 

 

Au bord de l'eau

2017年5月27日(土)

 

夕方から、東九条のお好み焼き「あずき」で、崇仁の山内政夫さん、菊浜の上村隆明さん、景観フォーラムの中村伸之さんとミーティング。

次回の崇仁高瀬川保勝会の川掃除イベントは6月11日(土)と決まる。

 

上村さんから五条〜七条の高瀬川にホタルが飛んでいることを教えてもらい、会合後、足を延ばす。

ほんとうにたくさんいる。五条下ったあたり。

都会のまんなかの川にホタル。上村さんたちの高瀬川保勝会の活動の成果だ。

高瀬川のホタル

 

この連休明けに、京都芸大の移転の公募プロポーザルが京都市のHPに公示された。(→

設計の資料のひとつとなる芸大の移転基本コンセプトは、ぼくがつくったものがほぼそのまま載っている。

「高瀬川の活かし方が要のひとつとなる」との1節が6頁にある。

山内さんは高瀬川の歴史の掘り起こしに懸命だ。

どれだけの応募者がこの地域の高瀬川の歴史地理を読み取ってくれるか。

9月には設計チームが決まり、秋にはいっしょに動き出すことになるだろう。

 

今年に入って、不思議と川がらみの仕事が増えてきた。

先週5月15日(月)には、水道局に呼ばれ、四ノ宮舟溜りの案内板のデザインの正式委託を受けた。

2009年に始まった琵琶湖疏水の案内板が、ぼくのデザイン領域のメインの仕事になりつつある。

その琵琶湖疏水は高瀬川ともつながっている。

 

5月19日(金)には、高瀬川の保全と芸術文化活動の関係について韓国テレビKBSの取材を受けた。

銅駝、立誠、永松、そして崇仁の高瀬川保勝会の会長さんらといっしょに。

面白いことに、もっか企画小品展に出品しているギャラリーマロニエの西川さんが立誠保勝会の会長として横に座られた。

KBS取材

ぼくは地域の人間ではないので、高瀬川については浅い知識しかなく、2015年の作品"Tracing Suujin"をプレゼンしただけだった。

あとでぼくだけ個人インタビューを受けた。準備ゼロだったのでしどろもどろだった。

だが面白いことに、取材場所が京都市の河川整備課だったので、同課の人と初めてつながりが生まれた。

今後、川のなかで何かするときに手がかりになる。「偶々」が効いている。

 

4月には、サントリー文化財団宛に、「川縁(かわべり)のちから:京都・崇仁地区を中心とした高瀬川の歴史地理学的研究と芸術的活用の可能性」という助成申請を出した。高倍率なうえに助成金額も多くはないが、通れば面白いことになりそうだ。

移転以前にぼくは京芸を去るが、崇仁に関わっている限り、京芸との妙なつながりが残る。

 

 

pressentiment

5月14日(日)

 

この春から勤務先の大学で、一番きらいで不向きな何とか組織委員会の委員長を欠席裁判でやらされ、

戦いの姿勢をとらないと、どんどん自分の時間が削られていく。

ギャラリーマロニエの小品展の作品も、搬入日前日になって、やっとまともに取り組めるような状況。

で、つくりだすと時間がないのにやっぱりのめり込む。

つくることが根っから好きなので、どんどん手を動かす。

いやしかし待てよ、と踏みとどまる。

工芸的に手の込んだ作品、特殊技術・特殊素材が多いなか、自分がやるべきことは、美術のもっと自由でシンプルな提示だろう、特殊素材も技術も使わずに、と自分に言い聞かせて。

 

昨年の「新シク開イタ地」展のために膨大な数をつくった「ふたしかな屋根」群で、アトリエが埋まって混沌としている。

これを再度制作プロセスに置き戻して新たな作品を生むことができれば、これ以上、ガラクタの数を増やすこともない。

そうだ、つくることを新しい循環の中に置き戻すことが自分がやるべきことではないか——そう思ってつらつら手を動かしていると、屋根が雨水を介して天と地をつなぐこと、自分が雨樋のかたちや素材にずっと関心をもっていることを思い出した。

(思い出すというのが、情けないところだ。それほど創作から離れた時点に芸大の仕事で追いやられているのだ。)

まもなく単純な手段で屋根から地面に垂れる雨水の造形ができた。

ふたしかな屋根:予感

屋根のかたちや傾き、支える仕組みから無数の絵画的建築的造形が可能との感触をもっていたが、

さらに屋根から落ちる水やその仕組みも取り込める感触をもった。

これはいいことか、悪い蛇足か、まだわからない。

それでサブタイトルに「予感 pressentiment」とつけた。

イエが流されて崩れるかもしれない。

 

 

serpent au printemps

2017年5月3日(水・祝)

 

5月になった。

心配していた庭のクスノキも、幸い若葉がいっぱい吹き出して、新緑に染まっている。

連休だというのに、たまった仕事の処理で遠出できない。

近所の奥海印寺の大きなお屋敷の石垣に、蛇をみつけた。

蛇

ずっと忙殺され続けていて、ブログの更新もできないでいた。

今日、やっとフォーマットを変えた。

テンプレートwhite wallは、巾が広すぎて(960px)落ち着けないでいたが、cssを編集して800pxに狭くした。

2カラムにしようとしてほかのテンプレートも検討したが、どれも広告表示をとることができない。

なぜかこのテンプレートだけが広告なしにできる。

サイドバーの要素が一番下にくるのでスクロールが面倒だが、シンプルさは替え難い。当面これでいこう。

Headerの背景色に用いたのは、仙斎茶(#474b42)。暗い緑がかった茶色だが、モニター上では色味を感じにくい。

ともあれ大事な備忘録なのだから、もっと更新を怠らないようにしなければ。

 

昨日、愛車のホンダAPE100のエンジンから異常音がした。

エンジンオイルの交換を怠っていたために、エンジン内のカムの軸の部分が摩擦を起こしているのだろうか。

モトサイクル・ヤマザキのおやじさんに直すのは無理と言われる。

摩擦音がするだけで、駆動には影響ないようだから、これから大事にのらないといけない。

もうAPE100のようなタイプの単車はないのだ。

 

Volcan Nishinoshima encore actif !

20 avril 2017

 

一時、噴火活動を停止していた西之島が再噴火した。

 

西之島は大陸の赤ちゃんとして、「新シク開イタ地」展で、人間と土地の関係の参照モデルとした思い入れのある島だ。

昨年秋には研究者が上陸し、生態系の調査もはじまっていた。

ぼくにとって、西之島は終わったのかと思っていた。

だが、西之島は死んでいなかった。

これが人為を越えた自然だ。

感動する。


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朝日新聞の記事から:

http://digital.asahi.com/articles/ASK4N5RS1K4NUTIL02X.html

 

同。三好和義さんの写真がすばらしい。

http://digital.asahi.com/articles/ASK6J7W53K6JUBQU017.html

 

噴火活動も「前回並み」。島はさらに拡大する。

http://digital.asahi.com/articles/DA3S12995484.html

 

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もっかの西之島の大きさを居住地と比較するという面白いサイトがあったので、やってみた。

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西之島の大きさ