Pour ce qui regardent les étoiles_2

mardi, 6 mars 2018

 

2月14日、「ほしをみるひと」のために丸い黒板をつくる。

黒板づくり

最初、ギャラリーアクアの倉庫前の荷解き場で廃材を使ってつくろうとした。

2x4の薄いラワンベニア2枚使って直径2mの円の予定だった。

だが板があまりにへろくて、フレームにボンド貼りしてもエッジが心配。

それにこの場所で作業することは、ギャラリーを管理する教育委員会から禁じられそうな予感。

(ギャラリーアクアは京都芸大が教育委員会が管理する堀川御池ギャラリーを使わせてもらっているにすぎない)

 

そうこうしているうちに勤務先の学内がゴタゴタ。臨時会議が頻繁になり、どんどん作業時間がけずられる。

 

黒板づくり

3月5日、丸い本棚といっしょに、自宅アトリエでつくることにする。

9mm厚3x6のランバーコア2枚接いで直径182cmの円板に。

黒板づくり

黒板塗料を塗る。

あわててるので、サンドペーパーのかけ方が十分でない。

黒板づくり

直径182cmなので、車に乗らない。トラックをレンタルしなければならなくなる。

 

2F展示室

展覧会オープン前々日の3月8日に会場に搬入して、夜に展示。

藤原先生がさっそく黒板に数式を書く(シュレーディンガー方程式)。

左手の河野愛の丸い黒板は、数年前の彼女の個展出品作。

 

ほしをみるひとオープニング

ほしをみるひとオープニング

3月10日のオープニングで、さっそく丸い黒板を活用する藤原先生。

黒板の下の方に書かれたのは、9次元に関わる超弦理論の数式の1部。

手前のは福嶋敬恭先生の石の模様をページ毎に素数で増やしたガラスの本《Prime number》。

黒板

3月18日のレクチャーのあとで、別な数式を書く藤原先生。

黒板

いわゆる「作品」ではないが、丸い黒板をつくってよかった。

書き換えられることで、空間に動的な表面が挿し込まれる。

「知のインフラとしての芸術」、という最近考えている構図にもフィットする。

(チョークと黒板消しは、丸い円盤が壁にめり込んでいる感じで、とデザインを指示して池田清堂君につくってもらった。)

 

今回の展覧会は、企画からこういうインフラ制作、展示構成、天体写真のプリント、キャプションづくりまで、一人でやる部分が多かったが、写真の貼りパネでの裏打ちやキャプション貼り、正面壁のデザインの手直しまで、若手たちが手伝ってくれてやっとできた。

いつまでたっても「先生」になれず、人を使うのがヘタだ。

旋盤工だった父の職人気質が染み付いている。自発的にやってくれて、本当に助かった。

 

ほしをみるひと

 

 

Pour ce qui regardent les étoiles_1

lundi, 5 mars 2018

 

「ほしをみるひと」展の搬入(3月7日午後〜9日)が迫るのに、日中は大学で緊急会議とかがあって、作業時間が足りない。

それでも自然の時間は淡々と流れ、今年も庭の梅が咲き始めた。

梅

 

「ほしをみるひと」はぼくが企画して出品もするが、だれが何を出してくれるか最後まで不明の部分があるので、穴埋め的に何かをやらないといけないと思っていた。

それで、参加者に依頼した「気になる関連本5冊」を並べるための円環状の本棚をつくることにした。

廃材としてアトリエに残っていた15mm厚のサブロクのランバーコアの切り出し方を考える。

特別出品いただく塩見允枝子先生の《カシオペアからの黙示》が星の数の5をモチーフにしているので、円環を5つのパーツに等分割する。

梅の花の5弁とも響き合う。

経済面も考えた割り出し図。

本棚


本棚

 

大急ぎでジグソーで切り出す。円弧の縁をきれいに仕上げる余裕はない。

円の内側は閲覧コーナーにして、《μG環境のライナスの毛布》をクッション代わりにぶちこむことにしよう。

 

本棚

高さは25cm、背板の高さは文庫本の16cm。脚は昨年の「ひろいのぶこ退任記念展」で使った台座の脚を転用。

 

ほしをみるひとライブラリー

会場にできた《ほしをみるひとライブラリー》(ギャラリーアクア2階)

 

 

梅

のち3月16日に満開になった庭の梅。

 

梅コーヒー

 

コーヒーに落ちた梅の花弁。

 

 

nettoyage du canal Takasegawa vol.9

samedi, 24 février 2018

 

グラフィックから高瀬川の川掃除チラシの見本が一日早く届いた(3日コースが2日に)。

ところが、送付先の柳原銀行記念資料館には届いていないという。

ヤマト運輸に確かめたら、閉まっていたので、不在通知も残さずに持ち帰ったとのこと。

だが、山内政夫さんに聞けば、展示準備中だったのだ。

幸い、翌日納品された。

しかし資料館の人も忙しいので、どれだけ地域に配布してくれるか疑問。

効果的な配布先など、検討しないといけない。

 

崇仁高瀬川保勝会チラシ180303

 

 

 

disparition et archives

18 février 2018

 

これまでの簡単な作品カタログをつくって提出しないといけなくなり、この丸2日つぶれた。

さらに新しいドメインの取得とサーバーの設定にとまどり、「ほしをみるひと」の作業がおくれている。

 

柳原銀行記念資料館に借りていた資料を返却に行って、空き地の工事が始まっていることを知った。

土地の敷地を画定する薄緑の柵がみな撤去され、地面がむき出しになっていた。

崇仁空き地工事

昨秋、崇仁テラスを撤去したとき、この空き地に入って、ここが消えるだろうことを確認した記憶がある()。

本当にそのときが来たのだ。

ここに新しい高層の崇仁住宅団地が建ち、今の市営団地の人たちが移住してくる。

すぐ横に京都芸大が移転してくる。

 

崇仁空き地工事

工事の敷地がフェンスで囲まれている。

こちらの道路は搬入路になると聞いたが、使わないのだろうか。

それなら、近所に住むお年寄りが散歩に使えるようにもう少し整備したらどうか。

 

工事が始まると、春の崇仁テラスの設置作業がむずかしくなるかもしれないと思っていたが、大丈夫そうだ。

 

「ほしをみるひと」のために丸い大きな黒板をつくろうとして、コーナン吉祥寺店に材木を買いに行く。

ギャラリーアクアでやってる京都芸大の同窓会展にぼくが寄贈した資料が展示されているらしく、それに関するアーカイブのワークショップをするとかで、30分おくれでアクアに着く。

予想通り、参加者は芸術学の二人だけ。

1990年のアートスペース虹の企画展「ノート'90」のDMとそのデザイン資料、ぼくがデザインした『静物』展図録(1990)と、それをコピーしてつくられた滋賀県立近代美術館の『コピーの時代』展の図録(2004)を持参した。後者は企画した学芸員(当時)の尾崎佐智子さんから送呈されたものだ。

 

28年前はまだDTP普及以前で、デザイナーは頭の中の色見本とカッターナイフ一本で仕事ができたことを伝えた。

当時は、写植や活版職人、印刷会社のレタッチ部門の職人とつながっていたことも。

DTPを含めた効率化はそうしたつながりを断ち切った。

効率化は、目的にできるだけスムーズに到達することをめざす。

そのことによって、さまざまな人やモノや場所と関わることで育まれてきた知恵や技術が失われる。

伝わっただろうか。

テクノ資本主義を支配する効率化のイデオロギーが何よりも芸術の敵なのだ。

次年度の授業、「目的のない行為」をテーマにするか。

 

La terre il y a cinq cents millons

samedi, 10 février 2018

 

この日、石牟礼道子さんが亡くなった。

宮澤賢治とともにぼくがもっとも尊敬していた文学者だ。

宮澤賢治もそうだったが、思想も詩も、生きとし生けるものがすべて溶け込んだ言葉の使い方がまったく異次元で、世界的にもっと高く評価されていい作家だった。

 

5億年前の地球を考える。

地球は青い海と茶色い大地の2色だった。

陸地にはまだ一本の植物も生えていない。細菌もいないから、モノが腐るということもない。

上空にオゾン層がまだ形成されていなかったから、地表は強烈な紫外線で殺菌状態にある。

細菌も生息できない完璧な不毛の大地。すばらしい。

 

そもそも太陽風に吹きさらしの地球が、地磁気に守られるようになったのは27億年前。

火星にも金星にも地磁気はない。吹きさらしの惑星だ。

地磁気に守られた地球で、ラン藻による光合成が始まったのもこの頃だ。

当時の地球上の酸素は現在の10万分の1、「酸素はなかった」といえるレベルだ。

22億年前に酸素濃度は急上昇し、現在の1%程度になった。

6億年前に酸素濃度がほぼ現在と同じような状態に達した。

エディアカラ生物群がこのころ出現する。

5.4億年前から例のカンブリア紀(〜4.85億年前)。

だがカンブリアの爆発は海の中の話だ。

陸地にまだわずかの細菌しかいない。

地表にとどく紫外線量が少なくなって、ようやく地衣類が陸上に進出する。

光合成ができる藻類とできない菌類の共生体だが、「地の衣」とはよく言ったものだ。

ごく一部の地が衣をかぶるようになったのは、カンブリア紀の次のオルドビス紀(4.85〜4.44億年前)のころだ。

同時期に節足動物も陸地に足跡を残し始める。

このころはゴンドワナ大陸が北半球から南極まで広がっていた。

 

陸地に進出したかたちのわかる最古の植物としてクックソニアというのが有名だ。

根も葉もなく、先端に胞子嚢がついている緑色の植物。

大阪市立自然史博物館に、カイワレ大根を思わせる復元模型がある。

cooksonia

 

土は、不毛の大地とそこに進出した生命のフュージョン。有機物なしに土はない。

だから地衣類もクックソニアもない5億年前、まだ陸地に土はなかったといえる。

つまり土のまったくない地表が40億年以上あったのだ。

 

そして2.5億年後以降、また超大陸「パンゲア・ウルティマ Pangaea Ultima」ができる。

気候も生態系も今とはまったく異なる地球の姿。

人間以前、人間以後の世界。想像できるか。