Angle du Temple Hou-on-ji_4

7 decembre 2019, samedi

 

崇仁高瀬川保勝会の定例の川掃除のあと、16時ごろに報恩寺へ。

「報恩寺の角度」展が明日までなのだが、初日に行ったくらいで、まったく会場に行けてなかった。

最終日も行けないので、見納めのために単車を飛ばした。

 

報恩寺の角度

報恩寺の角度

一番気に入っていた土塀とその上の瓦は無事。よく落ちないものだと思う。

落ちてしまえば、土壁の寿命はとたんに短くなるだろうが。

報恩寺の角度

ここも変わりない。

報恩寺の角度

「角度物件」が増えている。住職か?

 

報恩寺の角度

せめて矢印だけでもいいものをなぜ足跡までつけるのか。この指示書きが本展の出発点の一つ。

報恩寺の角度

DENKITOMBOの渋い光のインスタレーション。

色が前より目立つが、角度のせいか。

報恩寺の角度

地図を持って歩く来場者。ほかにも狛狐の左耳を見ている来場者もいた。

美術家の視覚的思考をそのままシェアできるようにしたが、どれくらいの人が楽しんでくれただろうか。

美術関係者や玄人の受けはよいと聞いたが、、、。

 

地図は展覧会後も機能する。

来場者は多くなかったそうなので、たくさん残ったはずだ。

引き続き使われるといいなと思う。

 

deux lunes

24 novembre 2019, dimanche

 

「発酵をよむ」展でお世話になった大阪の +1art の年末チャリティオークション展「小さなわたしたち」のための制作。

2つの月があるどこか別の惑星の風景画のエスキス。

2つの月

例によって、2と5から始める。
なぜかこの数字はぼくの大事な造形原理になっている。

2つの月

高低差(5段階?)のある地形、ふたつの月、水。
この惑星に水があるかどうかわからないが、とりあえず地球型とは異なる生命への希望として。
 

2つの月

植物らしきものを加える。
2.5次元というか、奥行きのある画面はとても面白い。

2つの月

箱は内径142mm。紙の一部を長めに切って、箱に入れたときにできる自然なカーブを取り込む。
箱は画廊主で作家でもある野口ちとせさんの手づくり。
ボックスアートという一ジャンルがあるが、今回は箱としてでなく奥行きのある画面と考えた。
 

 

 

installation d'un étalage de guérilla

17 novembre 2019, dimanche

 

カフェの2階を自由に改装させてもらっているBooks&Cafe SOLのやんそるさんから、11月17日の東九条野外劇場の会場に、芸大生らと何か店を出してほしいと頼まれていた。

東九条野外劇場

野外劇場の内容は、森村泰昌さんの「新作能」や市民狂言、大駱駝艦、小山田徹さんの焚き火テント、それにやんそるさんら東九条マダンのプンムルノリなど、すでに決まっているので、まわりの屋台村に何か付け足してくれたらという感じだった。

 

しかし、森村さんからは最近じきじきに著書を送呈してもらったばかりだし、脚本やプロデュースも、最近交流が生まれたTheater E9の吾郷賢さんや蔭山陽太さん、旧知の木ノ下智恵子さんなので、何か協力しようと思いながら、しばし返事を躊躇していた。

だが、やんそるさんからの2回目の依頼に、「どんなものをどんな値段で売ってもいい」という条件があって、それに思わず反応するものが自分の中にあった。

芸大生に期待されているのは、それなりにきれいかわいい小品や小物を並べることだろう。だがそうではなく、「こんなものを売るのか、こんな値段で」というモノを並べること、一般社会から見捨てられるものを使って「店」と「品物」をにわかに仕立てあげ、価格との対応関係など無視して「売る」こと――ネパールやブルキナファソのまちの片隅で昔やった行為を思い出したのだ。貨幣経済の価値観の外に出る「ゲリラ店舗」は、東九条の空き地という、もと鴨川の河原/氾濫原だった場所にふさわしい行為とも考えた。

それで芸大の池環境の改善に取り組んでいる「イケカエタイ」の学生らに声をかけたら、やりたいという反応が返ってきたので、にわかに実行に移すことにした。(学生から反応がなかったらあえてやることはなかっただろう。)

 

東九条野外劇場

前日の16日、芸大の池の周りで木を集める(1時間)。枝が二股になった部分までの高さを約2mにそろえる。

 

当日は朝9時に芸大に立ち寄って車に材木ほかを積み込み、10時前に現地着。

会場入口付近の場所に、木の枝と番線、針金を使って、ほぼ1時間で五角形の空間を立ち上げた。

材料集め1時間、組み立て1時間、品物の陳列と店の仕上げ1時間。

展示台には崇仁テラスで使っている手作りテーブルやベンチを転用した。

 

東九条野外劇場

東九条野外劇場

ほかはすべてテント内を店にしているので、われわれのはまったく異質だった。

店名は「イケカエタイのオミセ」。

柱にした木がゆがんでいるので、最初の組立のときはぐらぐらしたが、筋交いなどをつけるとけっこうがっしりできた。

東九条野外劇場

晴天で屋根をつくる必要がなくてよかった。

東九条野外劇場

お客に文化関係者が多いせいか、品物/作品に関心も持つ人がけっこう多い。

売り方などを学生にアドバイスするおじさんもちらほら。

東九条野外劇場

これはぼくが出した切り株。100円で売れた。下は三つ股の枝脚テーブル。

いずれも木を切り出したときの副産物。

東九条野外劇場

遊びに来た子供に、「その場でつくったものでも何でも売っていいよ」と言うと、その場で絵を描いてけっこうな値段をつけていた。

東九条野外劇場

大駱駝艦。まだ活動していたとは。

東九条野外劇場

森村泰昌さんの熱演。下町を守れという熱いメッセージ。

東九条野外劇場

夜になっても繁盛する。

売れる品物も多く、元手がかかっていない分、学生たちはうれしそうだった。

 

東九条野外劇場

 

19時に撤収。やんそるさんから余ったカレーをもらえることになり、CafeSOLに立ち寄る。

cafeSOL

2階の改装の様子を見る。学部生でこの空間を見るのは彼らがはじめて。

そるさんからいただいたカレーはめちゃくちゃ美味かった。

 

芸術はオルタナティブな経済にもっと貢献すべきだと思う。

 

Angle du Temple Hou-on-ji_3

16 novembre 2019, samedi

 

「報恩寺の角度」展を含む「まるごと美術館」展のレセプションパーティが前日の15日(金)午後6時からあった。

報恩寺の角度

元フラットエージェンシー同志社前店という場所で、不動産会社が出ていったあとのビルの3階。

現代美術系の人間はおらず、だれも知らない。われわれ4人は浮いている。

世間(京都?)には自称芸術家が多いんだなと実感。

林ケイタさんからの依頼でなければ参加を断ったと思う。

 

翌日の16日が初日。徳島県立近代美術館学芸員の吉原美恵子さんがはるばる来られるというので、11時ごろ報恩寺に行ってみる。

報恩寺の角度

小川(こかわ)の跡を渡る。

報恩寺の角度

小川跡を延長した墓地の東側にも南北に川の跡が残る。小川は1965年に埋め立てられたそうだ。

こういう殺伐としたどうしようもない土地に引かれる。

社会秩序にぽっかり空いた土地の亀裂。そこに砂利が敷き詰められている。限りなく抽象的な無場所 non-lieu。

そこには墓地(これも人間が土地に意味付けしたもの)も近寄らない。

報恩寺の角度

報恩寺会場の受付。今村源さんが印刷会社まで取りに行ってくれたB2サイズの地図がおいてある。

来場者にはこの地図を頼りに、ぼくら4人が見いだした見所を見てもらう。いずれも角度がキーになる。

 

林ケイタさんらDENKITOMBOの映像プロジェクションも、いわゆるイメージの投影ではなく、西日のように差し込む光だけがゆっくり移動するものだ。

ぼくらが出した「角度」というキーワードに肯定的に反応してくれて、全体としてモノやイメージを「追加」しない展覧会になった。

思えば「展覧会」とは「一定の場所」に「何か(作品=モノやイメージ)」を「一定期間」付け足すことで成り立つものである。

 

報恩寺の角度

だが、石庭の石の上に住職がフクロウの置物を「付け足して」しまった。鳥よけらしいが、すごい違和感。

これが「作品」と見られる懸念がある。

"Ceci n'est pas l'œuvre d'art(これは芸術作品ではない)"というようなマグリット風の警告板が必要だ。

 

堀川通を隔てた妙蓮寺でも同じような美術展をやっていた。

床の間に置物があった。

報恩寺の角度

作品としてのキャプションはついていなかった。

だが一番見ごたえがあった。創造的欠落がある。

 

Angle du Temple Hou-on-ji_2

12 novembre 2019, mardi

 

「報恩寺の角度」展のフライヤーが三嶽伊紗さんから届いた。

 

報恩寺の角度

 

報恩寺の角度

 

キュレーターの林ケイタさん、デザイナーの山田卓矢さんがいずれも三嶽さんと懇意で、そこから今回の展覧会が始まったので、4人の中心になっていろいろ気配りしながら働いてくださっている。

フライヤーのデザインは山田卓矢さん。京都造形芸大で三嶽さんの教え子だったらしい。

紙は腰のあるいいものを使っている。

 

いわゆる「作品」を展示しない展覧会をしたがっていた日下部一司さんが喜んでいる()。

まだかんじんの「地・図」の仕上がりを見ていないが。