Reconstruction de la Terrasse de Suujin vol.4

20 Octobre 2018, samedi

 

10月20日(土)〜21日(日)、崇仁テラスの4度目の再設置作業。前回の設置作業は7月30日と31日だった。

 

いつのまにかGoogle Mapの空撮に《崇仁テラス》が映っている。

崇仁テラス

西側の空き地に団地建設工事が始まりかけているから、撮られたのはこの4月だろうか。

 

立命館大学3回生の藤原祥太郎君(8月から保勝会に参加)、京都景観フォーラムの辻野隆雄さんに加え、テラスまわりで展覧会をする芸大院2の毛利愛実子さん(陶磁器)、さらに2時からはむらたちひろさんも手伝いに来てくれたので、20日でがっしりした躯体が完成した。

1年前は躯体は一人でつくった。若い人手があると本当に楽だ。

 

崇仁テラスづくり

午前10時〜11時半、資材を運ぶ。

西側の団地建設現場は、この日は幸いにもコンクリートの搬入がないので、道路が使えて助かる。

崇仁テラスづくり

昼飯前の情景。今回は少し北に寄せ、桜の木がかかるようにした。

崇仁テラスづくり

柱の12mmのボルト穴に虫が巣をつくっている。卵を産みつけたのか。土バチだろうか。

崇仁テラスづくり

崇仁テラスづくり

16時半。この日はここまで。はかどった。

 

21 Octobre 2018, dimanche

 

空き地

崇仁地区はどんどん空き地が増えている。塩小路高瀬川北側にあった古民家もなくなっていた。

terrain vague...

崇仁テラスづくり

前日に構造体ができたが、一部に筋交い(長さ205cm)が足りなかったので、朝早めにいって直す。

あとこの日は足場板をはるだけ。

きれいな水の流れが戻り、小魚(オイカワの稚魚?)の群れがいっぱい。

崇仁テラスづくり崇仁テラスづくり

オオシマザクラの影が、先日草を刈った部分の川面にぴったりはまる。

たえまなく移り変わる光と影、流れる水の音とかたち、そよぐ草花、飛来する鳥たち、ときどきそれらが奇跡的に同期する。

完璧な音楽だ。まったく野外はぜいたくな空間だ。

こうしたことを味わうために、年に三回、テラスをつくる。

Suujin Terrasse est un terrain vague sur la rivièrre comme une ouverture au miracle de l'Être.

 

崇仁テラスづくり

今回は1mほど北に寄せ、桜の木がテラスにおおいかぶさるようにした。

西側の団地建設は急ピッチで進んでおり、もう夏前の光景とはまったくちがう。

 

去年の秋にこのテラスのスケールモデルにした西側の空き地は跡形もない。

変化し続ける風景のなかで、川の上のテラスは定点観測装置でもある。

 

Symposium "Se lier par la rivière"

29 septembre 2018, samedi

 

台風24号の影響で、午前中、崇仁小内高瀬川の両岸整備の作業(木の伐採)ができなかった。

 

午後3時から、元崇仁小学校のふれあいサロンで「川デツナガル」のシンポジウム。

あまり人は来ないだろうと思っていたら、意外とたくさんの参加者があった。

あとで東九条マダンの人たちの参加が多かったとわかったが。

 

川デツナガルシンポジウム

前半、まちづくりの議論を展開したい中村伸之さんに対し、東九条マダンのヤンソルさんからシンポの目的について異議が出され、後半の司会を担当したぼくが各地域の高瀬川の記憶を聞くことにこだわったので、まとまりの悪いものになってしまった。
 

それでも他所者としては、菊浜の上村隆之さん、東九条マダンの朴実先生、山内政夫さん、崇仁の藤尾まさよさんの川にまつわる昔話を聞けたのは面白かった。また京大建築の博士課程で東九条のまちの形成を研究する学生さんの発言も新鮮だった。

記憶や知識を共有する材料としてもっと取り集めた方がいいと思うが、まちづくりを進めたい山内さんや中村さんは、そんなことはカッタルイのだろう。

進め方や目標とするもの、面白いと思うものに相当ずれがある。

デザインしたポスターやフライヤーが評判いいので、ぼくはデザイン面の貢献に限定しよう。

 

歴史的に七条以南の土地は、京都人にとっては、人が住む土地としてはまともに認識されておらず、河原であり、ごみ捨て場であり、「ゼロ番地」だった。だから為政者側の都合(駅や鉄道、道路の敷設など)によって、高瀬川は頻繁に付け替えられてきた。

だが川は、子どもたちにとっては、裸足で降りて釘などを集めてお金に替えるコモンズであり、ホタルと戯れる空間であり、染め職人の労働場所であった。

そのことが再確認できた。

ついでに大西麻貴さんがまだ芸大のなかに銭湯をつくることをあきらめていないことも。

 

いちのはし

 

シンポジウムのあと、少し時間があったので、塩小路橋をわたって東に進み、さらに南に歩いた。

大正十三年十一月と刻まれた古い小さな橋(いちのはし)が暗い川をまたいでいた。

鴨川運河だ。琵琶湖疏水にかかわっているのに、同じ系列にある鴨川運河のことはまったく知らないし、この辺りに来たこともない。

第1疏水竣工直後の1892年11月に着工し、1894年(明治27年)9月に完成したそうだ。

 

そのまま歩いて東福寺駅まで行き、鴨川をふたたびわたって、午後8時に東九条文庫/マダンセンターについた。

そこで東九条マダンの交流会が開かれており、それに呼ばれたのだ。

東九条マダンはこれまで見たこともないし、どういうものなのかもじつはよく知らない。

ただこの春からの「川デツナガル」の話し合いで、朴先生はもちろん、ヤンソルさんたちには好感をもっている。

マダンセンターの狭い空間には、子どもからお年寄りまで、40人近くがひしめいていた。

 

わかったのは、東九条マダンはただ在日の人たちの集まりではぜんぜんなくて、この土地に住む人と関心を持つ人が集まって、いっしょに祭をつくることを楽しんでいるコミュニティであるということだ。もちろん中心には韓国・朝鮮の文化があるが、日本のものもチャンポンだ。

通常はコミュニティがあってフェスティバルがあるが、ここは逆にフェスティバルのためにコミュニティが毎年形成される。

その出発点には、作曲家である朴実先生のアーティストとしての情熱がある。

第1回マダンを不安なままやりとげたとき、民族文化云々ではない、表現の悦びがあり、ただそれをみなにも味わってもらいたくて20数年間続けてきたという。表現の悦びを第一に動くというのは、同じく表現に軸足を置く者としてよくわかる。

どうりで理屈で動く山内さんや中村さんと合わないわけだ。

 

東九条マダンセンター

天井から水漏れするマダンセンター。上は2階なので、まさかトイレの水?

 

soins

22 septembre 2018, samedi

 

元崇仁小学校内高瀬川

元崇仁小学校内高瀬川

来月末に元崇仁小学校内の高瀬川で子どもたちのビニール絵画を空中展示するので、川の両岸を歩きやすく見通しのいいギャラリーにしないといけない。それで先日、下見に行った。

台風で大木が鉄柵ごと倒れていたり、折れた樹木が乱雑に積み重ねられて通路をふさいでいたり、雑草が茂りまくっていたり、かなり作業量が多そうだ。

元崇仁小学校内高瀬川

創作の前に道具を手入れするように、展示の前に場所を手入れする。

「手入れ soin」は、創作や展示に比べて地味で目立たないが、創作や展示と同じくらい重要、と自分に言い聞かせながら作業。

通路をふさぐ倒木をノコとチェンソーで切断して移動する。元崇仁小学校内高瀬川

復活した通路。柵沿いに繁茂する草木も刈らないといけないが、それは次回に。

元崇仁小学校内高瀬川

before

元崇仁小学校内高瀬川

after

 

元崇仁小学校内高瀬川

鉄柵とからむ倒木もチェンソーで切る。だが、簡単には動かせない。

 

高瀬川

崇仁テラスを設置する予定の場所にも草が伸び放題だ。ここも草刈が必要。

小学校のエンジン草刈機を借りたが、歯がすり減っていて切れない。次回、再挑戦。

 

高瀬川

団地の建設工事が進んでいる。

10階建ての団地が屏風のように京都芸大B地区の北に立ちふさがるだろう。

高瀬川と河岸が唯一の北方向への見通しになる。

 

 

Se lier par la rivière

17 septembre 2018, lundi

 

崇仁高瀬川保勝会・菊浜高瀬川保勝会・東九条マダン実行委員会が地域連携することになった。

長年、部落史に取り組んできた山内政夫さん(柳原銀行記念資料館事務局長)の熱心な働きかけによる。

頼まれて、統一ポスターをデザインすることになった。

 

7月20日に昔描かれた20mもの布絵「川の絵」を東九条マダンで撮影したが()、シワクシャな上に床に広げたものを上から撮っているので、バラバラな絵の画像を整理してつなげて使えるものにするところまでがたいへんだった。

 

継ぎ接ぎの組織ならぬ組織だからしかたない。そういう隙間を埋めてつないで見せるのがデザインの仕事だ。

まとまらない意見に対して、「川デツナガル」ということでゆるやかにつながっておけばいいのではないかと提案して、それがすんなり通った。

 

とはいえ、もう一つ気分がのらない。

「まちづくり」とやらに情熱はないし(ぼくの本業はアートだ)、そもそも崇仁の住民自身が動いているのではなく、山内さんやまちづくり専門家の中村伸之さんが動いているだけという現状に疑問もある。

だが今回、その疑問を脇におき、ぼくとしては純粋な技術提供に徹して、とにかくフライヤーやポスターのデザインをしあげることにした。

 

それでも内容のデータがなかなかそろわなかった。まちづくりに熱心な中村さん・山内さんと、在日の文化表現に熱心な東九条マダンの歩調が合わないこともある。

ぼく自身、あちこちでいわれている「まちづくり」の空疎さや、それに消費される「イベントとしてのアート」に不満がある。

 

ただ、デザインの仕事をしていると、材料の意味に思わぬ発見が伴うことがあって、面白い。

今回使った「川の絵」は、東九条マダン実行委員長のヤン・ソルさんによると、1994年の第2回東九条マダンの際に制作使用されたが、そのときのマダンのテーマが「川」で、また東九条マダンの存続もこのときの盛り上がりが後押ししたそうだ。

 

この秋たちあがる「川デツナガル」というプロジェクトは、まちづくりとやらを無理に進めるのではなく、個人や地域でバラバラだった高瀬川の記憶をつなげて、次なる表現の磁場を生み出すことにまずは注力した方がいい。

「まちづくり」は住民と関係なしに外から外科的に行われる。

それよりも、川の生きた記憶が人と地域を内側からつなぐことの方が大事だ。

 

「川」といっても高瀬川は運河なのだが。

 

川デツナガル

折ってA4のフライヤーのスクリーンショット。

 

印刷通販グラフィックに出したが、データが異様に重く、アップロードに数時間かかった。

・フライヤー A2ポスター変型(210x594mm) 上質90kg 1日納期/41200円

・ポスター B2変型(365x728mm)上質135kg 1日納期/26650円

 

現在のぼくのイラレはCS5だが、つい数カ月前まで10.0.3を使っていた。

別に不自由はなかったし、何よりデータが軽くて済んだ。

今はソフトに多少の便利機能がついたが、それによって何倍もデータが重くなって、保存や送信にやたら時間がかかる。

デジタル技術が進歩しているとはとても思えない。

 

まえにAdobeの営業と喧嘩したのだが、adobe(アドベ)の本来の意味は、砂・粘土・ワラ草など天然素材でつくった日干しレンガ。自然に還り、何度でも再生できるきわめてエコロジカルな材料なのだ。

そのことを社員たちは知らない。Appleの営業マンたちも。

Adobeの創業者がそういうエコロジカルな精神をもっていたかどうかは知らないが、少なくとも今は、それとは正反対の儲けに血眼の資本主義の権化のような会社だ。

 

Reconstruction de la Terrasse de Suujin

30 juillet 2018

 

朝9時半、早くも炎天下、崇仁テラスの制作に着手。

手順:

1日目 午前中〜 崇仁テラスに必要な資材を保管所(元崇仁小学校体育館西側)から現場に運ぶ(台車で)

    午後〜 基本構造組立完了

2日目 午前〜 基本構造の補強(足場等)

    午後〜 足場板54枚を躯体の上に載せて固定していく

 

工事現場

隣接する工事現場は、昨秋の空き地は跡形もなく、すでに建物の基礎工事が進んでいる。

工具類運搬のために高瀬川沿いに自分の車を停めていたが、コンクリ搬入トラックのじゃまになるので除けるよう京都市すまいまちづくり課の職員から要請される。

takasegawa

高瀬川草刈

ぼうぼうの草を刈らないと柱をたてるのにじゃまになると思って、先週からひとりで鎌で草刈していたが、この日は昼前から土木事務所から派遣された業者が電気草刈機で草を刈ってくれて、ラッキーだった。

 

テラス制作

テラスの制作は、まず岸辺に平行に8mの角材を置いて長辺の位置を決め、それに垂直に5本の柱材を等間隔に渡すことから始まる。

次に川中に5本の束石付き柱をたて、垂直・鉛直方向に柱材の端をきちっとのせると、制作も峠を越えた感じになる。

 

takasegawa

草の繁茂と並んで、もうひとつ気になっていることがあった。

7月はじめの豪雨で横の補水路に泥がたまって水が流れにくくなり、その結果,本流の水流が増えて、テラスの柱の下が濡れやすくなっていることだった。それで、水の取り入れ口のコンクリのパーツを動かして、補水路の方に分流する水量を増やしてみた。

水理学や水利環境工学を習ったことはないが、美術は万物の科学に通じる。敬愛するダ・ヴィンチは水理学の父でもあった。

うまくいって補水路に流れが戻り、本流は水かさが少し減ってテラスの柱の束石が出てきた。

 

崇仁テラス制作

昼前、崇仁高瀬川保勝会事務局長の中村伸之さん、京都景観フォーラムの辻野隆雄さん、柳原銀行記念資料館事務局長の山内政夫さんが手伝いに来て下さり、能率があがる。

崇仁テラスづくり

本日はここまで。(手前に一辺1.8mの木製巨大曲尺)

 

31 juillet 2018, mardi 

 

この日も朝10時から作業。

崇仁テラスづくり

 

崇仁テラスづくり

この日は、『崇仁発信』の藤尾まさよさん、さらに菊浜高瀬川保勝会会長の上村隆明さんも手伝いに来て下さる。

午前中に躯体構造を完成させる。

 

崇仁テラスづくり

午後、やはり地元の林伊佐雄さんが声を掛けて下さる。

林さんは崇仁鉾保管庫の管理などもされていた地元の代表のひとり。今春、西側の崇仁市営住宅からテラス横の高層団地(楓のまち)に引っ越されたという。

引越先が7階というので、あつかましくも訪ねていって窓からの眺めを見せていただく。

 

もう基礎工事は終わって躯体の建設が始まっている。竣工予定が来年(平成31年)8月下旬だから当たり前か。

左手(南側)が下中南ブロック(地上10階 8棟 96戸)。

奥(西側)が下中北ブロック(地上6階 3棟 25戸)。

 

崇仁市営住宅

 

崇仁テラスづくり

菊浜保勝会で1人がんばる上村隆明会長は、三味線もたしなむ粋な文化人。

インパクトドライバを使うのは初めてという。炎天下でもあり、心配で見ていられない。

 

崇仁テラスづくり

京都市内は気温39℃に達する猛暑だが、川の上だとそれほど暑く感じない。

オオシマザクラの木陰だと、吹く風も気持ちよく自然に人が集まる。

 

ともかくも予定通り、2日間でテラスが完成した。

 

 

3 août 2018 vendredi

 

中村伸之さんが三角の屋根シェードを買ったというので、柱を建てて取り付けてみる。

崇仁テラス

テラスは木造の頑丈なつくりなので、柱などは取り付けやすい。崇仁テラスづくり

しかし屋根シェードは3x3x3m。小さすぎる。家庭的な趣味の世界。

崇仁テラス

作業していると、たまたま藤尾まさよさんが、長岡京市第4中学の人権研修で教職員の人たちを連れて来られた。

崇仁地区のフィールドワークと講演会を頼まれたということだった。