漂流するアクアカフェ drift@KCUA-Cafe

2016/10/5 (wed)

 

2014年度から関わっている「漂流するアクアカフェ」は、京都芸大の移転に先立ってアートスクールのあり方を考える集いだが、今回は、森村泰昌さんの提案で、大学移転そのものをゼロから考え直すものになった。

 

台風接近のために、屋外にテラスを仮設するという楽しいことはできなかった。

代わって、大学会館のサロンにブルーシートを敷き詰め、小山田徹さんからでかい木製テーブルをお借りして、工事中的な空間をしつらえた。

学生時代に自治会で活発な活動をしていた松井利夫さんを特別ゲストに迎え、鷲田清一学長にも飛び入り参加していただいた。

 

「そもそもなんで大学移転なん?」

 

森村さんの思慮と、松井さんの毒舌が冴える。

 

僕も学生時代は学校なんか行かなかったと言いたかったが、現役学生の手前、それはがまん。

「学校」や「大学」への根強い不信を秘めたこんな教員がいてもいいのだろうか。

 

 

静岡大学でのワークショップ Workshop at Shizuoka University

2016/10/3(Mon)

 

静岡大学の白井嘉尚先生から依頼されて、アートマネジメント力育成事業とやらで、二つのワークショップを行った。

 

 

文化庁助成「大学を活用した文化芸術推進事業」というのは、勤務先の京都芸大でもやっているが、

なんで文化庁は「アートマネジメント」などにお金を出すのか?

「アートマネジメント」というのは、美術なり音楽なり演劇なり、できあいの芸術形式をそのまま承認し、その普及をはかるものではないのか。

そこには、「芸術」や「作品」、あるいは「アーティスト」といった既存の前提への何の疑いもない。

少なくともそれは、アーティストがやることではない。

というわけで、僕がやったのは、アートマネジメントとは何の関係もない造形遊びだった。

(白井先生、すみません。)

 

参加者は学生からシニアまで、芸術に何らかのかたちで関わる魅力的な方々だった。

少なくとも、アートは、アナーキーな万物等価生成流動のなかでのみ生起すること、

取るに足りぬ芥のようなものも救いうること、要はあらゆる存在の大きな肯定であること、

が少しでも伝わっただろうか。

 

並べる arrangement

2016/9/25(sun)

 

9月にオランダの美術学校をいくつか訪ねたあと、ベネチア建築ビエンナーレに行った。

 

アルセナーレ会場の窓の外で。