La vie des arbres

23 novembre 2019, samedi

 

だんだん肌寒くなってきた。

楠が茂って影が大きくなっているので、自分で剪定することにした。

マレーシアの森から帰ってきてから架け渡したブリッジが役に立つ。

楠剪定

楠剪定

楠剪定

光が差し込み、明るくなった。

樹上の虚空庵、暖かくなったら、憩いの場に利用しよう。

 

chauves-souris en troupe à la Gare de Kyoto

9 novembre 2019, samedi

 

コウモリ

京都駅ビル7階東広場。

「チョウカイホウセイサクシツ」なるアートイベントを訪れたとき、窓の外にコウモリの大群を見た。

コウモリ

コウモリ

見事な群れのかたちが優雅に融合・分解する。見とれてしまって、動画をとれなかった。

 

Onomichi - Kurashiki

20 Octobre 2019, dimanche

 

倉敷芸術科学大学での特別授業で山陽に出向いたついでに、FKSKの小野環さんが参加している尾道市立美術館の「ここからむこうまで」展へ。

尾道は何度か来たことがあるが、初めて載ったロープウェイで千光寺公園へ。

小野さんらの「もうひとり」もそうだったが、ほかの作家の展示でもブルーシートが多用された印象が残った。

2016年に神戸アートビレッジセンターでのインスタレーションでブルーシートを床に敷き詰めて海を表そうとしたとき、やるまえに少し躊躇があったが、今はブルーシートが積極的に使用されるようになっている。

災害が増えている状況、あるいは歴史の中で朽ちゆくものが増えている状況も遠くで反響しているのかもしれない。

 

小野さんと横谷奈歩さんが再生を試みている「高橋家」も、朽ちた屋根をブルーシートでカバーしていた。

 

尾道駅は改築されていた。アトリエ・ワンが手がけたらしいが、予算や条件の制約がきつかったのだろう。ちょっと悲しい出来栄え。

駅の屋上階に、カフェに併設してm3 hotel というのがつくられていて、泊まってみたい気もしたが、夜は倉敷泊。

 

 

21 Octobre 2019, lundi

 

午前中、倉敷の有隣荘へ。庭が小川治兵衛作と知って、がてんがゆく。

 

午後は倉敷芸術科学大学へ。ここでの特別授業も今年で最後になる。

岡山時代にお世話になった近藤研二先生の依頼なので、断れない。

「デザイン特論」という科目名で履修者はメディア映像学科の学生だが、デザインとは何の関係もない現代美術寄りのレクチャー+ワークショップ型の内容。

漫画やイラストを専攻する中国人留学生3人が参加していて、彼らの反応が興味深かった。

夜は、彫刻家の浜坂渉さんを交えて3人で倉敷のおでんや「新粋」で会食。

家計学園が倉敷芸術科学大学をつくるまえ、ぼくは頼まれるまま、浜坂さんといっしょにカリキュラムなどいろいろ提案した。

そのときは浜坂さんは浜松のポリテクニークで造形実習を教えていて、近藤先生は岡山のポリテクニークでデザインを教えていた。

1995年にぼくが岡山大学から京都芸大に移るとき、浜坂さんを倉敷芸科大に推薦して赴任してもらった。

その浜坂さんも今年度、近藤先生は来年度で退職。

ぼくの授業も今年で最後。

ひとつの時代が終わった気がする。

 

Typhon Hagibis et la couleur bizarre

13 octobre 2019, dimanche

 

typhon

巨大台風19号(Hagibis)が接近中の昨日の日没前、屋外が赤味を帯びた不思議な色に染まった。

色温度2000Kぐらい? 太陽光の角度と水蒸気の関係? 

どういう仕組みかわからないが、映画の中にいるようだった。

typhon

 

Theatre E9

7 octobre 2019, lundi

 

夜7時から東九条のTheater E9でシンポ

sympo

 

京都市東南部エリア都市計画見直し素案

京都市東南部エリア活性化方針

 

求められての登壇だったが、ろくな発言が出来なかった。

もともと「発言」は自分の仕事ではないし、討論やシンポジウムも好きではない。

 

1. ぼくは「文化芸術都市」云々の議論を嫌悪する。それらは、美術館や劇場、コンサートホールといった「文化施設」が文化を牽引すると考えるが、芸術に対するとんでもない誤解だ。文化施設は既存の価値観に依拠した文化的所産の消費の場にすぎない。

2.文化芸術と一口に言うが、芸術は本来「非文化的」ないし「前文化的」なものと考える。ときに「反文化的」であったりする。少なくともぼくは文化的肥沃さではなく、文化が果てる荒涼たる不毛さを愛する。芸術と文化を何の疑問もなく束ねて考える連中に組みしないこと。

3.よく使われる「活性化」なる言葉。農耕以降の文明を根底で支配する人間中心の「開発 development」の思想が背景にある。このままではだめだ、すたれる、発展がない、だからあれこれと「開発」してにぎわいを、と訴える。人間社会や文化が廃れること、それは自然の生命を活性化することであり、悪いことではない。先住民も障害者もマイノリティも、「開発」され追い立てられてはならない。

4.上記のことはなるべく「発言」しないこと。「文化人」に組せず、離れて立つこと。