Nettoyage du Grand Pont de Shichi-Jo

7 janvier 2018 (dimanche)

 

七条大橋をきれいにする会」というのがある。

毎月7日に七条大橋を掃除しているそうで、昨春から始まった崇仁高瀬川保勝会とも地理的に近く、人的交流もある。

去年の10月「崇仁テラス」をつくるときに、「きれいにする会」の事務局長の井上茂樹さんが手伝って下さった。

井上さんの奥さんは、京大美学の吉岡洋氏の妹さんだそうだ。

その井上さんから、崇仁地区への芸大移転や「テラス」の話をしてほしいと頼まれ、掃除の段階から参加することにした。

今回で32回目だそうだが、総計60数名もの人が京都内外から参加していて、びっくりする。

第30回のときは100人を越えたとか。

 

七条大橋をきれいにする会

京都市民ではないし、市民活動には疎遠だったが、多くの人がこうした活動に生き甲斐を見つけている時代なのだと実感する。

副市長も来ていて、挨拶。

 

七条大橋をきれいにする会

つきあい以外に、土木への興味というのもある。

七条大橋は、大正2年(1913年)に竣工した鉄筋コンクリートアーチ橋で、鴨川では明治期の意匠を残す唯一の橋。
意匠担当が東京帝大出身の建築家・森山松之助(1869-1949)で、台湾総督府の設計もした人物。
2008年に土木学会が土木遺産に指定した。

琵琶湖疏水の案内板デザインに関わって数年たつので、明治・大正の都市インフラの建設期に思いをはせる。

 

七条大橋をきれいにする会

橋そのものを掃除するのかと思っていたら、みな河原に降りて、熱心にゴミ掃除する。

掃除の仕方は各人に委ねられている。いいやり方だ。

崇仁高瀬川保勝会の川掃除はいつも10人いるかいないか。情宣が足りないのか。

 

掃除後、主宰者のお兄さんが営む「集酉楽サカタニ」という店に移動。

10分少し、芸大移転のコンセプトと、学内銭湯の可能性について話す。

なぜか大受けした。

学生時代を京都で過ごしたが、市民活動に触れたことはなかったので、新鮮だった。

 

l'eau pour les yeux

3 janvier 2018

 

ひさしぶりに柳谷観音へ。

今年初めての樋との出会い。

yanagitani-kannon

一昨年はモロッコでたくさん雨どいと出会った。

今年も異国で雨どいと出会いたいが。

 

yanagitani-kannon

光明寺、善峰寺と並ぶ西山三山のひとつ、柳谷観音は、眼に良いという独鈷水(おこうずい)で知られる。

811 年、弘法大師空海がここの石清水で母猿が小猿の眼を洗うのを見て、ケモノにも効く水なら人間にもと、密教法具の独鈷(とつこ)で7日間水をかき回して霊水にしたという。

ぼくはよく眼の角膜の血管がやぶれて、眼が妖怪のように真っ赤になるので、年頭にお祈りしておこうと思ったのだ。

それに今年も水絡みの仕事は多そうだし。

 

yanagitani-kannon

弘法大師の足型。下に四国八十八霊場の砂が敷いてあるそうだ。

裸足になって合わせて立ち、南無大師遍昭金剛と唱えると足腰が丈夫になるというので、実行する。
今年も足腰を使いそうなので。

大師と信者、二つのからだが重なるというのが面白い。

それにしても冷たかった。

 

la fin d'une galerie d'art contemporain

17 decembre 2017 (dimanche)

 

蹴上のアートスペース虹に作品搬入。

「虹」の最後の展覧会「非在の庭:最終章」。

出品作家は180人を越える。

アートスペース虹・非在の庭

アートスペース虹・非在の庭

 

熊谷寿美子さんには春先から「出してや」と言われていた。

いつも出品していた年末のカレンダー展の発展形で、36年の歩みを締括るのだろうと想像できた。

熊谷さんとは開廊初期からのつきあいなので、寂しくなる。

いろんな話をした。

もっとも画廊を借りて展覧会をすることを否定していたから、

虹を貸し画廊として借りて展覧会をしたことは一度もなく、

三人展の「ノート'90」と個展「時間のレッスン」の2回とも企画だった。

あとは2000年から続くカレンダー展への参加だけ。

たぶん今後とも画廊を借りてまで展示をすることはあるまい。

 

アートスペース虹・非在の庭

参加者が多いので、搬入はたいへんだった。

糸を張るのを手伝った。

サイズはA4以下とあったが、無視した作品もいっぱい。

 

アートスペース虹・非在の庭

 

一昨年は、斜め向いのギャラリーすずきの閉廊展を頼まれて、

今村源さん、日下部一司さん、三嶽伊紗さんと「散歩の条件」という4人のコラボレーション展をやった。

閉廊に立ち合うことが続いている。

 

やはり画廊と言うのは画廊主一代限りのものだろう。

代を越えて続く場合でも、カラーが変わる。

 

toit incertain

 

作品は《ふたしかな屋根》のシリーズ。

天地23cm。極力小さいものにした。磁石と磁鉄工を使って、ひと(熊谷さん?)と物質、水の流れを表わした。

壁への取り付けも画鋲と磁石。

 

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27 december 2017

 

展覧会が終わって、今ごろの覚書になるが、

熊谷さんの企画で三人展"NOTE'90"(中原浩大・狩野忠正・井上明彦)をやったのが虹での最初の展示(1990年)。

「ノートを見せなさい」という熊谷さんのリクエストに応えるものだった。

狩野さんは当時竹中工務店の設計部長だった。そのころぼくは静岡にいた。

狩野さんの部下の竹中工務店の人にドローイングが気に入られて、買ってもらった。

はじめてのことだったので、うれしかったのを覚えている。

(今回の最終展でも拙作を建築家の人に購入いただいたので、不思議な縁を感じる。)

 

次にまた企画でやらせてもらったのが、「時間のレッスン—N氏コレクションから—」(1993年)。

コレクションされていた河合寛次郎もガラクタも僕の作品もごちゃまぜにしたアナーキーな展示で、時間と価値の関係を問いながら、美術館芸術から脱出をもくろみ、「作家」も「作品」も宙づりにしようとあがいていた。

さすがの熊谷さんも心配して、そのとき住んでいた岡山に来られたことがある。


恒例のカレンダー展以外、虹で展示をしたのはこの2回だけだ。

 

もう一度、「時間のレッスン」をやりたかったが、かなわぬことになった。

いつかどこかでできるよう、精進しておこう。