Se lier par la rivière

17 septembre 2018, lundi

 

崇仁高瀬川保勝会・菊浜高瀬川保勝会・東九条マダン実行委員会が地域連携することになった。

長年、部落史に取り組んできた山内政夫さん(柳原銀行記念資料館事務局長)の熱心な働きかけによる。

頼まれて、統一ポスターをデザインすることになった。

 

7月20日に昔描かれた20mもの布絵「川の絵」を東九条マダンで撮影したが()、シワクシャな上に床に広げたものを上から撮っているので、バラバラな絵の画像を整理してつなげて使えるものにするところまでがたいへんだった。

 

継ぎ接ぎの組織ならぬ組織だからしかたない。そういう隙間を埋めてつないで見せるのがデザインの仕事だ。

まとまらない意見に対して、「川デツナガル」ということでゆるやかにつながっておけばいいのではないかと提案して、それがすんなり通った。

 

とはいえ、もう一つ気分がのらない。

「まちづくり」とやらに情熱はないし(ぼくの本業はアートだ)、そもそも崇仁の住民自身が動いているのではなく、山内さんやまちづくり専門家の中村伸之さんが動いているだけという現状に疑問もある。

だが今回、その疑問を脇におき、ぼくとしては純粋な技術提供に徹して、とにかくフライヤーやポスターのデザインをしあげることにした。

 

それでも内容のデータがなかなかそろわなかった。まちづくりに熱心な中村さん・山内さんと、在日の文化表現に熱心な東九条マダンの歩調が合わないこともある。

ぼく自身、あちこちでいわれている「まちづくり」の空疎さや、それに消費される「イベントとしてのアート」に不満がある。

 

ただ、デザインの仕事をしていると、材料の意味に思わぬ発見が伴うことがあって、面白い。

今回使った「川の絵」は、東九条マダン実行委員長のヤン・ソルさんによると、1994年の第2回東九条マダンの際に制作使用されたが、そのときのマダンのテーマが「川」で、また東九条マダンの存続もこのときの盛り上がりが後押ししたそうだ。

 

この秋たちあがる「川デツナガル」というプロジェクトは、まちづくりとやらを無理に進めるのではなく、個人や地域でバラバラだった高瀬川の記憶をつなげて、次なる表現の磁場を生み出すことにまずは注力した方がいい。

「まちづくり」は住民と関係なしに外から外科的に行われる。

それよりも、川の生きた記憶が人と地域を内側からつなぐことの方が大事だ。

 

「川」といっても高瀬川は運河なのだが。

 

川デツナガル

折ってA4のフライヤーのスクリーンショット。

 

印刷通販グラフィックに出したが、データが異様に重く、アップロードに数時間かかった。

・フライヤー A2ポスター変型(210x594mm) 上質90kg 1日納期/41200円

・ポスター B2変型(365x728mm)上質135kg 1日納期/26650円

 

現在のぼくのイラレはCS5だが、つい数カ月前まで10.0.3を使っていた。

別に不自由はなかったし、何よりデータが軽くて済んだ。

今はソフトに多少の便利機能がついたが、それによって何倍もデータが重くなって、保存や送信にやたら時間がかかる。

デジタル技術が進歩しているとはとても思えない。

 

まえにAdobeの営業と喧嘩したのだが、adobe(アドベ)の本来の意味は、砂・粘土・ワラ草など天然素材でつくった日干しレンガ。自然に還り、何度でも再生できるきわめてエコロジカルな材料なのだ。

そのことを社員たちは知らない。Appleの営業マンたちも。

Adobeの創業者がそういうエコロジカルな精神をもっていたかどうかは知らないが、少なくとも今は、それとは正反対の儲けに血眼の資本主義の権化のような会社だ。

 

un petit voyage à Echigo

13 -14 septembre 2018, jeudi et vendredi

 

先月の夏合宿の際、「複数形の世界のはじまりに」展でいっしょに展示を行った小野環さんから、「越後で磯辺行久さんの仕事を見て、井上さんを思い出した」と言われた。

たしかに20年以上前から磯辺先生とは濃くはないが交流があり、神戸に来られたときに呼び出されたこともある。

大地や風景を立体的に捉え、時間のレイヤーを重ねたり、平行移動によって生まれる方向のずれから表現をたちあげるところなど、無意識のうちに磯辺先生から影響を受けているのかもしれない。

しかし磯辺先生の場合は、アメリカでしっかりと環境計画を学んでいるのに対し、ぼくの場合は、汚染地下水を凍らせる仕事の経験から直感的に地形や地層に関心をもち、その後、ロバート・スミッソンなどを読んで、手探りでアプローチの方法をつくってきただけだ。

それはともかく、磯辺先生ももうお年だし、仕事をまとめるような本を出されたことが気になって、急きょ、十日町の磯辺行久記念倉庫美術館と、大地の芸術祭での磯辺先生の新作を見に行くことにした。

 

磯辺行久

 

磯辺行久

 

磯辺行久

磯辺先生の「エコロジカル・プランニング」は、ひとつの土地に対し、地質、地形、地下水理、表流水理、標高、土壌、気象、植物生態、動物生態、土地利用の10のレイヤーを調査分析し、相互の構造的関係を把握したうえで、その土地の環境を計画するものだ。

大地のかたちを決める最大のファクターは地上と地下の水流であるから、当然、水の流れとその条件の可視化が前面に出てくる。

 

そうして可視化されたものは「図」なのだが、磯辺先生は環境デザインからではなく、まず画家として出発したので、そうした「図」がただの情報表示とは別の物質的な位相〜「絵」と呼んでおく〜を持つことを強く意識されていた。

そこから、図と絵のあいだを行き来するような、厚みと広がりをもつ表現が生まれてくる。

図と絵のあいだというのは、「絵図」というぼく自身の問題でもある。

 

磯辺行久

 

磯辺行久

磯辺行久倉庫美術館は、十日町の旧清津峡小学校の体育館と校舎を利用している。

校舎も体育館も壁が二重化されて展示空間になっている。

磯辺先生の手法は、基本的に異質なものを重ね合わせるコラージュだ。たぶんレイヤーそれぞれが交じり合わず、独立して知覚されることが重視されている。

水のないプールの緩く起伏する表面に、赤・青・黄の三原色、そして影の黒い線が交差する。

磯辺先生はどこまで意識していただろう。こんなふうに環境と対話する絵を描きたいと思う。

 

磯辺行久
 

磯辺先生の今年の新作。地下に埋設された導水管を可視化する《サイフォン導水のモニュメント》(津南町辰の口)。

透明塩ビシートに送風機。

この導水管は、上流の長野県飯山市から下流の東京電力信濃川発電所に水を流すためのものらしく、この場所で国道353号線と交差する。地形の凹みに地下の管を引き出したかっこうだ。

たしかにごつい導水管が地下から地上に頭をもたげている。

 

トヤ沢砂防堰堤。コールテン鋼の矢板に覆われ、ミニマルな彫刻作品のようにかっこいい。

まったく機能に徹するインフラの構造物は造形的にクールだ。

東北大地震の翌日2011年3月12日に起きた長野県北部地震で、この沢を巨大な土石流が襲った。

この堰堤は2015年に建設された。

この堰堤は、自分としては大地の芸術祭の美術作品群をはるかに越えて美しく(何せ展覧会美術やアートイベントではない)、最近見た造形物のなかでも白眉だ。

土木ファンとしてはうれしいことに、施工プロセスの公開や、ペーパークラフトの無償配布までしている。

 

磯辺先生も触発されたらしく、土石流の輪郭を黄色いポールで可視化している(《土石流のモニュメント》2015)。

 

磯辺行久

 

磯辺行久

2003年に越後妻有をはじめて訪れたときに見た《信濃川はかつて現在より25m高い位置を流れていた〜天空に浮かぶ信濃川の航跡》。15年も維持管理されていたとは思えないから、復元されたのだろう。

河岸段丘 river-terraceの崖面に単管で巨大な足場を組んで、500年間隔で川の水面の高さを示す。

だれもいないので、禁止されていたが上までのぼってみた。

ぼくは2002年〜2003年に神戸で《新開地アートプロジェクト》を行い、その記録集編集の最中にここを訪れた。

神戸でやったのが「消えた湊川を探す」ということだったので、思わぬ符合に驚いたことを思い出す。

 

黄色いポールは、2000年の《川はどこへいった》(信濃川の旧流路を示す)の再現。

磯辺先生は北川フラムさんから大地の芸術祭を始める前に土地調査の相談を受けていたことを今回初めて知った。

そのときの調査の成果を作品にスライドさせることで、リサーチと作品の地続きを体現されたのだろう。

 

水の流れと言えば、今回、雪国ならではの工夫を知った。

津南町歴史民俗資料館の建物を取りかこむように、水が地表を流れるようにしてあるのだ。民家によく見られる工夫だと聞いた。

 

 

津南町〜十日町は、縄文の遺跡に富む土地だ。

さらにそれ以前、3万年前から信濃川の段丘に人間が住んでいたことが、磨製石器などからわかるという。

車で異動していたので、沖ノ原遺跡まで行ってみた。

草がなびくだだっ広い草原に看板が立っていた。

 

沖の原遺跡開設

沖丿原地形

草原の上ではわからないが、地形模型を見ると、信濃川を中心に複数の川が絡み合う脇の河岸段丘にあるのがよくわかる。

川=水場に近いが、高さがあって、安全で見晴らしがいいのだ。

まさしく「テラス」。

京都芸大の移転基本コンセプト「テラス」は、間違っていなかった。

人間の生存と交流を促し保つ地形的特質、それがテラスなのだ。

 

渓泉荘

9/13日の泊まりは、渓泉荘

 

翌14日はキナーレで建築展「方丈記私記」を見て、他の「大地の芸術祭」の作品はほとんど見ないで、新潟の「水と土の芸術祭」に向った。

 

新潟はいい町で、おばあちゃんの故郷なのだが、これまでなんの関わりも持てていない。

砂丘館の受付の感じのいいおばあさんが、「”砂丘”と言いながら家に覆われて砂丘が見えなくなっていてすみませんね」と言われたのが印象的だった。

 

typhon jebi

5 septembre 2018, mercredi

 

昨日(9月4日)、近畿地方に上陸した台風21号は、ここ四半世紀で日本に上陸したもっとも猛烈な台風で、海外メディアではたちまち"jebi"と名づけられた。

wikipedia にはただちに項目(Typhon Jebi (2018))がつくられたのには驚いた。

 

自宅にも、自転車置場のポリカの屋根が飛び、塀の一部が壊れる被害があった。

だが翌5日、心配で見に行った「つちのいえ」では、さらに驚くべき光景に出会った。

つちのいえのブログですでに報告したが、ここでもリンクしておく()。

 

台風21号

 

巨木も根こそぎにするこの「攪乱」は、森の光と土の組成を変え、新しい生命システムを導く自然の大事なプロセスの一部だ。

人間は慌てふためくが、大きな木がなぎ倒されることは、森の自然にとってはとてもいいことなのだ。

まったく自然は完璧にできている。