Typhon Hagibis et la couleur bizarre

13 octobre 2019, dimanche

 

typhon

巨大台風19号(Hagibis)が接近中の昨日の日没前、屋外が赤味を帯びた不思議な色に染まった。

色温度2000Kぐらい? 太陽光の角度と水蒸気の関係? 

どういう仕組みかわからないが、映画の中にいるようだった。

typhon

 

Timidité (botanique)

12 octobre 2019, samedi

 

超大型台風 Hagibis が東海〜関東地方を襲う。大きな被害が出ないよう祈るばかり。

幸い京都は暴風域がかすめるぐらいですみそうだが、つちのいえが心配だ。

そんななか、10月30日の塩見允枝子先生によるフルクサス演奏会のフライヤーを出稿。

 

shiomi

 

背景には、クアラルンプールのマレーシア国立森林研究所 FRIMで撮った"Crown Shyness"を使った。

Crown Shyness は、樹木の樹冠が互いに触れ合わないようすきまが空く現象で、

仏語の timidité 臆病 が示すように、樹木が互いに分をわきまえて他の領域を侵害しないということだ。

 

塩見先生は芸術資源研究センターの特別招聘教授だが、ぼくの授業「造形計画」がフルクサスと親近性があり、この数年、ゲストにお呼びしたり(2014年)、大学会館でワークショップ型の特別授業をしていただいたりしている(2015年2017年)。

 

この春、「井上さん、今年の授業はどんなことをするの?」と塩見先生から問い合わせがあり、

「空白やすきま、欠けの創造性をテーマにします」と答えたら、

「あいかわらず面白いわね」と返答があり、夏前にワークショップのメニューを届けていただいた。

驚くほど充実した内容だった。

音楽性が高いので、ピアノ専攻の砂原悟先生、作曲専攻の岡田加津子先生に相談し、いっしょに美術・音楽合同の公開式授業をすることになった。

お二人とも東京芸大音楽学部出身で塩見先生の後輩にあたる。

砂原先生からはミニピアノを貸し出していただく(先週の京都コンサートホールでのリサイタルに行けなかったのが残念)。

ミニピアノは鍵盤の数が少ない。まさに普通のピアノから見たら「欠け」ている。

 

塩見先生にフライヤーの校正を送ったら、

何と不思議な樹木の写真でしょう! 

まさに<時間と空間に分け入る>というタイトルにぴったりです。

どうしてこうもシンクロするのでしょう・・・。」と。

 

本当に不思議な縁を感じる。

 

Theatre E9

7 octobre 2019, lundi

 

夜7時から東九条のTheater E9でシンポ

sympo

 

京都市東南部エリア都市計画見直し素案

京都市東南部エリア活性化方針

 

求められての登壇だったが、ろくな発言が出来なかった。

もともと「発言」は自分の仕事ではないし、討論やシンポジウムも好きではない。

 

1. ぼくは「文化芸術都市」云々の議論を嫌悪する。それらは、美術館や劇場、コンサートホールといった「文化施設」が文化を牽引すると考えるが、芸術に対するとんでもない誤解だ。文化施設は既存の価値観に依拠した文化的所産の消費の場にすぎない。

2.文化芸術と一口に言うが、芸術は本来「非文化的」ないし「前文化的」なものと考える。ときに「反文化的」であったりする。少なくともぼくは文化的肥沃さではなく、文化が果てる荒涼たる不毛さを愛する。芸術と文化を何の疑問もなく束ねて考える連中に組みしないこと。

3.よく使われる「活性化」なる言葉。農耕以降の文明を根底で支配する人間中心の「開発 development」の思想が背景にある。このままではだめだ、すたれる、発展がない、だからあれこれと「開発」してにぎわいを、と訴える。人間社会や文化が廃れること、それは自然の生命を活性化することであり、悪いことではない。先住民も障害者もマイノリティも、「開発」され追い立てられてはならない。

4.上記のことはなるべく「発言」しないこと。「文化人」に組せず、離れて立つこと。

 

André Valensi, 1947-2001

2 octobre 2019, mercredi

 

先日、よくお世話になっている大阪のギャラリー +1 art さんから、ぼく宛のメールが転送されてきた。

差出人は、Sylvie Mir さん。

昔、André ValensiといっしょにAix en Provenceで会ったのはあなたか?と。

ぼくが送ったという《天使の眼》の作品写真も添付されていた。

たぶん岡山にいた90年代半ばの話だ。

大原美術館でフランスの現代美術運動 Suports/Surfaces の展覧会があり、

そこで対談を頼まれ、仲よくなって南仏に訪ねていったのが、André Valensiさんだった。

Suports/Surfacesの一番下の世代だが、ぼくより一世代上の1947年生まれ、Aix en Provenceの美大の先生をしていた。

彼の車でMirabeauにあるValensiさんのアトリエなど地域を案内してくれ、気持ちのいいテラスで話をしたことを思い出す。

そのときにいっしょにしたのが Sylvie Mir さんで、彼女はNimesの高校で美術を教えていた。

とてもきれいな抽象画を描く人だった。

 

2005年に文化庁芸術家在外研修を申請するとき、研修受け入れ先としてValensiさんを考えたのだが、連絡がとれなかった。

それで南仏はあきらめ、パリに行ったのだった。

 

SylvieさんにValensiさんは元気かと訪ねたら、ショッキングな返信が返ってきた。

2001年にトーゴの首都 Loméで53歳でマラリアで死んだという。(ネット上に1999年死去とあるのはまちがい)

晩年は病気や借金など、不遇が重なったらしい。

 

ああ、André Valensi、南仏の光に包まれたあなたのアトリエは当時のぼくのあこがれだった。

 

le dernier jour d'un bain public

30 septembre 2019, lundi

 

薬只浴場

 

楽只浴場が今日を最後に閉鎖される。

楽只小学校も今年で閉校になる。地域が変わりつつあるのだ。

6つの市営浴場ののれん制作を頼まれたが、楽只浴場だけが9月末で閉じるというので、納品を急かされ、マレーシアに出発する直前に仕上げて送付した。

帰国後も忙しく見に行けてなかった。たった1ヶ月足らずのお披露目。

今日を逃すともう見れない。それで、Books+Cafe SOLのリノベの作業を終えて千本北大路に車を飛ばした。

なんとか間に合った。

 

楽只浴場

楽只浴場は通り向いの団地からアクセスがよいよう、千本通に地下道が設けられている。

また入口まで引きがないため、玄関扉の前に衝立がたっている。なので、外のれんは見えにくい。

が、ともなくかけられていて、ほっとする。

楽只浴場

楽只浴場

最初で最後の、のれんくぐり。

楽只浴場

楽只浴場

浴場は新しい。だが、番台のおばさんによれば客が減っている。

たしかにこの日、ぼくが入浴しているときも、客は3〜4人でがらあきだった。

 

今年の6月30日付けの京都新聞によれば、京都市には同和対策事業などで建設された改良住宅が約4500戸あるが、その約75%に浴場がない。市営浴場は、こうした地域の住民のために建てられたもので、現在10箇所ある()。

ぼくはそのうち6つの浴場を指定管理者として運営する都総合管理(株)に、のれんとショップカードを依頼された。

北から楽只、養正、錦林、三条、崇仁第2、崇仁第3の6つの浴場。

このうち、9月末で楽只が、来年3月末で崇仁第3が閉鎖される。崇仁第3の閉鎖は、京都芸大移転に伴う市営団地の解体のためだ。

ショップカードは全部ぼくがつくったが、のれんは京都芸大の大学院修了者5人といっしょに取り組んだ。

ぼくが担当した楽只以外は9月末締切だったが、他の者はみなできたのだろうか。。。

 

楽只浴場

浴場は明るく湯船もたっぷり、サウナもあって汗を流した。

出るとき、番台のおばさんに、こののれんを描いたのは自分だが、今日までなので裏からも写真を撮りたいというと、扉をあけて手伝ってくれた。

これらののれんは浴場閉鎖後、はたしてどこに行くのか?

 

ぼくの大阪市東住吉区の生家にも、高校にあがるまで浴室がなかった。なんとも思わなかったし、銭湯に行くのも好きだった。

銭湯はそれなりに地域の人たちのコミュニケーション空間として機能していた。

衛生環境の向上とかで、どの家にも風呂がつくようになり、銭湯が次々となくなった。

新しいかたちの銭湯的空間が必要と思うが、具体的なアイデアまでいかない。梅湯はえらいと思う。