construction une baraque pour remiser les matériaux de la Terrasse_4

12-13 juin 2020, vendredi et samedi

 

6月12日(金)

翌日の崇仁テラスの解体にそなえ、壁にポリカ波板を張って資材置き場を完成させる。

 

第2共同浴場の管理者の人から、昨年5月に新幹線高架下でボヤが出たと聞いた。

木材がむき出しだと火の用心が悪いと言われたので、資材はコンパクトにまとめ、上から《見えない大地》で使った防水シートをかぶせることにした。崇仁資材置き場

現場で2枚つなぎにしていたシートを二つに切断する。けっこう重いので、風で飛ぶことはなく、重し兼覆いに使える。

いつもそうだが、あるものを処分するとき、それが生きて機能していたときに想いをはせる。すべて永続するものはない。

 

崇仁資材置き場

雨が降ってきたので、ふき込み方をチェックできる。

もうちょっと屋根が低くてもよかったかもしれない。だが、七条大橋をキレイにする会の資材をこちらに置くことも想定したので、仕方ない。

崇仁資材置き場

七条大橋をキレイにする会の資材はこちらに置くことになった。

作業テーブルの上に、円形ベンチや船型テーブルの部材も置いて、防水シートで隠した状態。

真ん中の支持体は上にモノを載せたときの自重でしっかりするようにした。2x4材に反りが出ていて、自然の樹より立たせるのに難儀した。

崇仁資材置き場

資材搬入前の状態。5月初めに取り組んだ資材置き場の完成状態といえる。

 

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6月13日(土)

雨のなか、3月末に設置した《崇仁テラス》を撤去する。

崇仁テラス撤去

雨なので協力者は少ないと覚悟し、トヨタのライトエースをレンタカーしていった。

9時半まえから作業開始。総計54本になる足場板のビスを外し始めていると、山内政夫先生、瓜芸のneo高瀬川チーム、七条大橋をキレイにする会の井上茂樹さん、さらに東九条マダンのうらちゃんが来てくれた。

崇仁テラス撤去

崇仁テラス解体

崇仁テラス解体

協力者のなかでも、なないろ電気通信の井上社長と前中由希恵さんが来てくれたのはありがたかった。

七条大橋の会のライトアップの技術担当だが、二人とも職人系なので、口よりさきに手とからだが動き、じつにテキパキしている。

保勝会のメンバーのようにビスの頭をつぶすこともない。

解体しながら組み立て方(じつはぼくの独自開発)を知ろうとする姿勢に、同じ技術屋の血を感じる。

とりわけ前中さんはアシックスのウェブサイトでも取り上げられるファッショナブルな電工女子だ。

「崇仁東九条芸術大学」という地域丸ごと芸大化が進んで、こういう人たちがたくさん輩出すればいいなと思う。

 

 

だがテラスの資材を出来立ての資材置き場にレンタカーで運ぶ途中で問題が起きた。

JR線の高架が高さ2.4mで、荷台に4mの足場板を斜めに載せて通るとき、先がぶつかったのだ。

しっかり計算しておけばよかった。結局、荷台に平積みにし直し、1.5m近く後ろにはみ出しながら、なんとか運び切った。

近距離でよかった。

 

崇仁テラス解体

崇仁テラス解体

崇仁小学校の体育館脇に仮置きしていた七条大橋の会の照明用資材も運び出した。

木枠以外に、小さい部材やコードがけっこうあった。

解体施工の業者も決まり、今月から解体工事の準備に入る。

この場所には2017年秋からお世話になった。体育館は改装だけだが、もう縁を切った方がいい。

さよなら、元崇仁小学校。

 

崇仁テラス解体

崇仁テラス解体

 

崇仁テラス解体

資材搬入完了状態。思い切りコンパクトで安全な感じにまとめた。敷地を管轄する京都市すまいまちづくり課への報告用。

ブルーシートでくるんだ方は七条大橋の会の資材がメインだが、なぞめいた感じなので、表示をつけるよう、井上茂樹さんに頼んだ。

 

とにかくやっと難題から解放された気分だ。

 

《崇仁テラス》は、今後、地域の人からの希望や要請がなければ設営するつもりはない。

高瀬川保勝会は、趣旨はともかく、地域住民とのコミュニケーションが少ないことにずっと違和感があった。

瓜芸の学生たちのように芸術の方がまちの人たちと交流し、まちづくりの方は地域外の人間が来て住民と疎遠なままワイワイやる。

これはおかしい。物置に絵を描いたら、そろそろ手を引くのが賢明だ。

 

neo高瀬舟

瓜芸の奥山愛菜さんたちのneo高瀬舟は、藤尾まさよさんの尽力で、テラス近くの下京区いきいき市民活動センターに仮設置場所を見いだした。窓から高瀬川が見えるのがいい。京都市の助成金もとれたそうだし、まだ学部生ながら彼女らの今後が楽しみだ。

京芸生は生活場所が遠いので、崇仁でこうしたソーシャルアート的な活動のチャンスがない。いや、やる気の問題かな。

 

共同浴場のれん

資材置き場の敷地は崇仁第2共同浴場のもの。

6月初めから、そこにぼくが昨年楽只共同浴場のために描いたのれんがかかっているのに気づいた。

楽只浴場は9月末に閉じたので、のれんは1カ月の命だった。

都総合管理のものになっているから、ぼくにとやかく言う権利はないが、楽只浴場の場所を念頭に描いた地図絵なので、ここで余生を送るのはへんな感じだ。

内のれんの方は別の浴場に使っているという。作者の手から離れた作品は漂流するのだ。

 

それにしてもこの浴場と資材置き場は、JR線の向こうが3年後には京都芸大。しかも高瀬川に接している。

浴場のリデザインや敷地全体のリノベーションをすれば、予想外のアートスペースに化ける可能性がある。

なんでだれも気づかないのか。いや、あくまでterrain vague(あいまいな土地)のままの方がいいのか。

 

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