architecture de terre

8 mars 2020, dimanche

 

京芸4人の退任記念展(浅野均、大野俊明、中ハシ克シゲ、三橋遵)に行く。

会場をまわりながら、自分は彼らのように仕事がまとまっていないなと思う。

せめて来春までにつちのいえ10周年の記録集をつくろうと思うが、これまでの参加者にどう協力をあおぐか、体裁とともに思案しはじめた。

 

そう思っていた矢先、《アクアカフェ》を京都国立近代美術館の前で公開制作したのと同じ2010年に、ナンシーの街角で同じような木となま土のドームを現場制作した若手建築家チームがいたことをネット上で知った。

Studioladaといい、彼らの地元のナンシーでのスープ祭りでのスープ椀の売店がそのドームだった。

>> construction d'un dôme en terre crue

 

スープのお椀を売るので、お椀を伏せたかたちにしたのだろう。

工程を見ると、ナンシーには竹がないらしく、竹の代わりに薄い板材を曲げて構造をつくり、枝を差し込んでいる。

当然竹木舞も知らないだろうから、土と干し草をこねてガレット状にし、横木に掛け重ねて壁をつくっている。

同じドーム状のかたちながら、異なる素材と工夫のありようが興味深い。

だが、土を扱うのが初めてだったようで、記事を読むと工期が短く土も乾かず、失敗の連続だったらしい。

 

彼らは土の建築を研究しているCRAterreを知らないのかな。

フランス語で"Torchis"と呼ぶ土壁の工法は、石造りが一般的だった欧州では、マイナーながら古代からある。

建築界ではマイナーだろうが、土の建築に興味を持つ人間は世界じゅうにいる。

今年6月にサンタフェで土建築をテーマにした"Terra 2021"という国際シンポジウムもあり、発表者を公募中だ。

 

Studioladaのドームは《アクアカフェ》の半分の大きさで、参加した人間の数もはるかに多い。

彼らのは建築からの自然な流れだが、ぼくのは美術からの逸脱だった。

ぼくはいつも手探りで道を逸れてけもの道に迷い込む。

そもそもぼくは「関東大震災の難民の孫」だ。帰るべき場所、落ち着くべき領域がどこにもないのが自分の本質。

美術という分野にやっと自分の居場所を見つけたつもりだったが、いつのまにか「美術難民」となっている気がする。

 

3月8日は父の命日。訃報が届いたパリの朝を思い出す。

 

 

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