dérive comme activité artistique

20 decembre 2019, vendredi

 

大枝大原野遠足

2019年の授業も本日の大学院の授業「造形計画特講」で終了。

というか、2010年代の芸大での最後の授業、といえる。

来年は2020年だ。

 

今期の大学院のゼミは毎回参加者のイニシャチヴによる造形実験やディスカッションを行っているが、最後の授業は、参加者の大崎緑(版画M1)の提案で、「大枝・大原野遠足」となった。

彼女は宝塚で男役を10年もやったあと、日下部一司さんのもとで版画を学び、京芸の院に進んだ変わり種だ。

風景に対する感受性に富んでいて、「ただの遠足を一味ちがうものにするにはどうすればいいか」という問いかけに対して、手づくりしおりと持ち運び用のベンチをつくってきた。ルートも綿密にリサーチしたらしい。

行き先は、大五さんの工房

九社神社や柿ハウス大枝土蔵にも立ち寄る。

 

大枝大原野遠足

九社神社まで上がって、京都市街を見下ろす。きれいな虹がかかっていた。

大枝大原野遠足

この辺りの道が東海自然歩道の西の端に近いとは、おそらく芸大のほとんどの人間が知らないだろう。

昔の長岡京の北側。奈良の記憶がうっすらと宿る地だ。

 

大枝大原野遠足

大五さんは仕事で留守されていたが、事前に電話したら中に入ってよいと許可いただいたので、みなで中に入った。

7年前、シャルロット・ペリアンの娘さんが野田の集落を訪ねてこられ、いっしょに散策したのを思い出した(→)。

 

大枝大原野遠足

遠足の時間は14時〜16時すぎ。西山のふもとは日が落ちるのが早い。

 

 

大枝大原野遠足

面白い階段を見つける。

大枝大原野遠足

水路。

大枝大原野遠足

飛ばないように「押さえるモノたち」。

これがインスタレーションに見えるのは、美術をやっている人間特有の目の性癖なのだろう。

 

この辺り(京芸の南側の農地)は、面白いモノの関係性に富んでいる。

農作業優先の土地なので、モノが人の目を気にせず、奔放に関係しあっている。

だれも見向きもしないモノ、何デモナイモノを愛でる感覚をもたらしてくれた美術には感謝しかない。

 

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