Question de l'angle

26 octobre 2019, samedi

 

10月14日に引き続いて4人で報恩寺のリサーチ。

いわゆる「作品」をつくらずに、報恩寺の空間を体験する新しい視点を「地図」という形式で提示するという方向は決まったのだが、内容と形式がむずかしい。

つぶさに寺の中を見ていくうちに、なぜ報恩寺の事物どうしが多様な角度で関係しあっているかが少しわかってきた。

お寺の経営と維持をめぐる現代の困難さが反映しているようなのだ。

だがそのことは逆に、人の管理の手がゆるんだときに、モノがいかに魅力的に関係しあうかを教えてくれる。

これは「時間のレッスン」のときから感じていることだ。

それは、エピクロスのいうクリナーメン(偶然の小さな偏向)が発生するからともいえるように思う。

 

この日もっとも感動したのは、石庭にいっせいにキノコが生えている風景だった。

報恩寺

報恩寺

白砂はけっこう厚く敷き詰められているのだが、そのすきまに菌糸のネットワークができているのだろう。

今村源さんの好みの世界だが、ぼく自身もキノコたちの生命の讃歌が聞こえた気がする。

おそらく1週間もたたずにこの風景は消えるだろう。

エピクロス的クリナーメンが白砂の内側で無数に生じているように錯覚する。

 

ルイ・アルチュセールは晩年、「偶然の唯物論」を思考の足場にした。

「世界の形成以前には無数のアトムが平行して真空の中を落下しています。・・・そこにはどんな意味も実在しなかったし、原因も目的も理性も非理性も実在しなかったのです。それは、理性的、道徳的、政治的、美学的な、あらゆる目的論を否定するのです。・・・この後でクリナーメン clinamen が出現します。クリナーメンとは、どこでも、いつでも、どうにでも生じる無限に小さい偏向です。重要なことは、クリナーメンが真空落下のなかで原子の逸脱を引き起こし、隣の原子との出会いを引き起こすことです。そして・・・出会いが出会いを重ねることから世界が生まれるのです。・・・エピクロスが言っていることは、理性とか第一原因とかではなくて、偶然の偏向こそが世界の起源になるということです。」(『哲学について』今村仁司訳、筑摩書房、p.42-43)

 

この概念を思い出したのは、報恩寺での展覧会を「角度」というコンセプトで束ねることが賛同され、その導入文を書くよう頼まれたからだ。エピクロスもアルチュセールも研究する気はないが、偶然の角度、偶発的な斜行こそが存在の根底にあることを、ぼく自身確信している。

角度という観点、そこからあらゆる事象の発生を唯物論的に知覚すること、それはとてもクリエイティブな刺激を与えてくれる。

造形の神は角度に宿る。

 

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報恩寺の角度

 

誕生仏は右手を天に向けてあげているが、その角度はさまざまである。釈迦が誕生したとき、月は天頂に対してどのような角度にあっただろうか。その月は、約46億年前、テイアと呼ばれる火星ほどの原始惑星が原始地球に斜めに激突して生まれたといわれる。それはどんな角度だっただろうか。すべての存在の起源に偶然の角度がある。
信仰の空間も複雑で豊かな角度のネットワークで織りなされている。如来像と脇侍の角度、仁王尊像の四肢の角度、合掌する信者の手の角度、見上げることと見下ろすこと…。報恩寺の寺宝『鳴虎図』のくねる虎の尾と蛇行する水流。二羽のカササギの嘴の延長線は二本の松の分かれ目で交わり、虎の背に導かれた視線は起伏をたどって舌の先から水流に落ちる。変化する角度の連鎖が絵に息吹を与える。
報恩寺は、その信仰の空間や数々の名宝だけでなく、寺の日常を支えるさまざまな事物や風景もまた、こうした精妙な角度の戯れに富んでいる。角度に宿るのは、人、モノ、光、重力、空間と時間の偶発的であり必然的でもある関係である。その関係は、見る位置や方向によって現われたり隠れたりする。見る人もまた身体ごと角度の織物に織り込まれているからだ。
報恩寺の時空は、何よりも「見ること」に関わる術としての美術の本地に立ち返ることをわたしたちに要請する。「見ること」を促し、存在の偶然と必然に触れさせてくれるのは、何よりも角度である。/591字

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例えば、かつて山門にあった仁王尊像(右側の那羅延金剛)の足下。

報恩寺

山門が享保15年(1730)に類焼したとき、お墓のなかに立っていたという伝説があり、『墓飛びの仁王像』ともいうそうだ。

人心も荒廃した現在、人びとによるいたずらを防ぐため、粗末な仕切り壁の小部屋に配されている。賽銭箱も段ボールだ。

鎌倉彫刻の様式をとどめる寄木造の尊像で、修復すればいいのにと思うが、その見返りがないのかもしれない。

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展覧会は11月16日から。はたして「地・図」はできるか。

 

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