forêt chez moi

19 septembre 2019, jeudi

 

15日に帰国して、マレーシアでの体験をまとめた「マレーシア・ノート」をこのブログにつくっているのだが、情報量が多いうえ、調べながら書くので時間がかかる。授業が始まるまでにやっておかないといけないとあせる。

だがそれとは別に、ふと庭のクスノキを見て、思い立ったことがある。

オラン・アスリの森の記憶、Atok棟梁の敏捷な身のこなしがまだ熱をもって脳裏に焼き付いている。

棟梁はあきらかに木や森を見る視線がちがった。

ぼくも漠然と木や森を見るのではなく、その木肌や枝ぶり、木の質、樹葉のあり方、枝と枝、木と木のあいだの空間を、しっかりとつかめるようになりたい。

それでクスノキに2階のデッキから橋をかけて渡り、一人たたずめる居場所をつくることにした。

虚空庵

虚空庵

虚空庵

居心地は悪くない。今後、背もたれや手すりを工夫しよう。

弧空庵と仮に呼んでおこう。ぼくと木の関係を変えるささやかな居場所。

虚空庵

 

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