sur la terrasse

10 avril 2019, mercredi

 

勤務先の京都芸大はこの日が入学式。

ぼくは例によって出席しなかったが、赤松玉女新学長が入学式の挨拶で、

来賓として教育研究審議会にも言及しているから、一員であるぼくも出ないといけなかったかな。。。

だが、教員をしていながら、大学という教育機関につねに距離をとっている(というか信じきれない)ので、

教育機関の保守的核心である入学式や卒業式は出たためしがない。

京大時代も入学式に出ただけで、あとは博士課程を中退したから、卒業式には一度も出なかった。

このままたぶん京都芸大の入学式・卒業式にも出ないままになりそうだ。

 

要するに『脱学校社会』のイリイチ主義者なのだ。

イリイチは、自ら学ぶ力と可能性をうばう学校を産業社会の制度的基盤として批判したが、

芸術はそもそも制度化された「学校」で学ぶものではない。ましては今の芸大は文科省に振り回されている。

だいたい芸術家になるには芸大で学ぶことが当然と考えている芸大出身の先生連中に腹が立つ。

芸術をなめられている気がする。

 

それはそうと、赤松新学長の入学式の式辞を読んで、ちょっとびっくりした。

芸大のキーワードとしての「テラス」に言及しているのだ。

「テラス」は、3年前の2016年の夏休み前、ぼくが理事会に頼まれて、小山田徹さんといっしょにつくった芸大移転の基本コンセプトだ。

新キャンパスの設計を公募するため、建築家にも取っつきやすく、かつ芸術大学の理想を端的にあらわす概念が必要だった。

terrasse

 

ぼくは地形を芸術の理想のモデルと考えているので、terrasseがラテン語のterraに由来し、まわりより小高くなった段丘をあらわすことを知って、これしかないと思ったのだ。そもそも移転先の崇仁地区は、もと鴨川の氾濫原で、運河の高瀬川が時代ごとに流路を変えてうねうねする。

移転基本コンセプトの冊子はそのままぼくが仕上げて公募にまわされた(表紙絵だけ小山田さん)。

テラスのイラストは時間ないなか即席で仕上げたが、それが今も使われている。

 

だが設計が進むにつれ、いつのまにかだれも「テラス」を口にしなくなった。

案の定、当初の基本コンセプトは消えていくように感じていた。

高瀬川のうえに木造の《崇仁テラス》を実際につくったのは、それへの暗黙の抗議でもあった。

 

赤松学長は、しかしさらに進んだことも言っている。

それは、今沓掛にあるキャンパスそのものを「テラス」(という理念)としよう、と呼びかけたことだ。

これにはちょっと感心した。

芸術を学ぶ場を「テラス」にするとは、芸術を人間と自然の対話的関係のうちに置き戻し、社会への問いかけとして開くことを意味する。

学長になって、玉女さんは化けたのかもしれない。

いずれにせよ、芸大から消えたと思っていた「テラス」というキーワードが復活したのはうれしい。

次は教授会で一笑に付された「テラス音頭」だ。

もうすぐ一遍上人絵伝の展覧会がはじまる。

 

 

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