Cithare à une corde : Sumagoto

28 mars 2019, jeudi

 

平野重光さん宅に一弦琴を預かりに行く。

 

平野さんはぼくが信頼する数少ない美術史家で、もと京都市美術館学芸課長・倉敷芸術科学大学教授。

生家は青銅の製品づくりで著名な平野英青堂。

ご専門は近代日本画だが、同志社の美学出身で、若い頃は現代美術に関心が深く、1970年代は京都ビエンナーレなどの伝説的な現代美術展を京都市美術館で企画されていた。

 

2月に+1artでの「発酵をよむ」展に来廊いただいたが、あいにくぼくは不在だったので、お礼の手紙をさしあげたところ、

平野さんの祖母の故・平野ヨシさんの一弦琴と関連資料を京都芸大に寄贈したいが、どうかと返礼があったので、

この日に伝統音楽研究センターの竹内有一先生といっしょに山科のご自宅におうかがいした。

 

2月11日以来、何か弦楽器に縁を感じるのだ。

平野さんとの再会のきっかけになった「発酵をよむ」展は、発酵音の響きを造形的に空間化するものだったが、関連イベントの演奏会(2月11日)で、中川佳代子さんの和琴による「植物文様琴歌集」(藤枝守作曲)を聴いた。

奏者の息遣いと地続きのような、なまめいて繊細な響きに感心した。西洋クラシック音楽の「強い」楽器とはまったくちがう「弱い」弦楽器のあり方。

次いで、2月16日には、同じく藤枝守さんと中川佳代子さんらによる「糸が紡ぐ音の世界」

さらに3月17日に研修旅行の下見でいったみんぱくで、南アジアの弦楽器展に出くわした。

 

そして今度は一弦琴。

 

一弦琴は須磨琴ともいい、平安時代、六歌仙の一人・在原業平の兄の在原行平が須磨に流された際、寂しさを紛らわすために、浜辺に流れ着いた木片だか、軒の庇の板だかに、一本の糸を張ってつまびいたのが起源という伝説があるそうだ。

民音音楽博物館の記載によれば、「江戸時代初期に中国大陸より伝来し、河内国の僧により広まった。幕末に土佐藩士のあいだで流行し、土佐一絃琴と呼ばれた。須磨琴、板琴ともよばれる」とある。

板琴とも別称するだけあって、きわめてシンプルな構造。

 

一弦琴

弦をはる胴体部は桐製で、これは板状ではなく、中に空洞があって箱状になっていた。

一弦琴

表面には、ふつうは貝で点を打つ位置に、「和久楽葉仁志羅奈美多飛人(わくらばにしらなみたびと)」と漢字が刻んである。

由来がなぞ。

 

下に琴板を敷き、少し浮かせて共鳴させるが、音は小さいという。

コンサートなどでなく、少人数の集いの場で風流を楽しむために奏したらしい。

一弦琴

京都府の文化財保護課が録音したというテープも寄贈いただいた。

伝音ではすぐに聴ける再生機があるらしい。どんな音なのか、聴いて見たい。

 

平野さんの祖母の平野ヨシさんは、昭和36年に人間国宝に次ぐ無形文化財に指定された方。

そのころの貴重な新聞記事もいくつかいただいた。

なかなかすごいので、ひとつをここにアップしておく。

一弦琴

 

琴はまったく素人だが、弦一本だけで奏でるかたちがとても魅力的だ。

ひまになったら自分でも屋根の庇に弦をはってつまびいてみようかと思う。

柿沼敏江先生が習っていると竹内先生から聞いたが、これ()かな?

 

現代芸術にたずさわっていると、古いものに関心がいくのは、美術も音楽も同じなのか。

 

とにかく思わぬ縁で伝音に貢献した。不思議な春の一日。

 

 

コメント
コメントする
トラックバック
この記事のトラックバックURL