La préparation insuffisante

26 janvier 2019

 

故郷の家・京都での「高瀬川・つながるシンポジウム」

制作と授業で準備時間がまったくなく、当日の昼前からようやく準備にとりかかる。

京都芸大B地区の河原造園と、東九条高瀬川の氾濫原公園のぞんざいなスケッチ。

esquisse

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プレゼン用に画像など集めるが、新しいMacBook Proのプレビューでファイル表示に問題発生。ファイルが順番通り並ばないのだ。

jpgとpsdとpdfというふうに異なるファイル形式を混在させているためか、それぞれ別のウィンドーが開き、かつファイル名の頭にふった数字の順に並ばない。

外は雪が舞っている。熊本では震度5弱の地震があった。

吹雪のなかを単車を飛ばして、16時開始のところ20分以上遅れて会場到着。

故郷の家・京都の奥のスペースに来場者が30人ほど集まり、すでに山内政夫さんの発表は終わったあとだった。

シンポ190126

会場にはぼくがデザインしたチラシが大きく引き伸ばして掲示されていた。

たぶん柳原銀行記念資料館の稲野さんらの仕事。

 

ほかの発表者がしっかり準備してパワポで発表するところ、「オレタチカワラモノ」と銘打ったぼくは、例の新Macのプレビュー問題であたふたと画像探して提示、話もしどろもどろで途切れて終わる。シンポでの発表とかを自分の仕事と思っていないことが丸出しだ。

 

「河原」を新しい創造的空間のメタファーとするネオ東山文化というのがあるとすれば、それは自然と渡り合って共生する「野生 sauvage」を鍵とする。それがかつての東山文化とのちがいになるだろう。

 

 

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