art, communauté et le vide dans la ville

3 novembre 2018, samedi

 

11月3日、秋晴れのもと、東九条マダンが元崇仁小学校で開催された。

東九条マダン

東九条マダン

崇仁高瀬川保勝会会長の山内政夫さんが提唱して、ようやく実現までこぎつけた。

本当に地域を越えた創造的まちづくりにつながっていくのか、ただ今年だけのアピールで終わるのか、それはこれからの問題。

地域の人間でない自分としては、頼まれて引き受けたことを美術家として確実に現実化していくまでが仕事。

芸大の人間はだれもこの地域とかかわる創作活動しないから、仕方ない。

ただしデザイン科の先生は課題の授業をここでやって、地域貢献をアピールしている。呼ばれて演奏する音楽学部も同じ。

移転プレ事業と称したstill movingも今年は開催されない(のか?)。

 

先週から一人で川の上への展示作業を始めた。3人の学生(2名京芸、1名立命館大)が部分的に手伝ってくれた。

元崇仁小学校内高瀬川

11月1日、6mに接いだ35mmの角材を川の上に吊るす。

手伝いは毛利愛実子さん(透明なすみか展)と伊藤真里衣さん(陶磁器4回生、元つちのいえメンバー)。助成金から謝金も渡す。

元崇仁小学校内高瀬川

河岸の落葉や枝を集めて掃除して、通路をきれいにしてくれた藤原祥太郎君(立命館大3回生)と東九条マダンの美術班のおっちゃん。

京芸移転後も高瀬川と体育館は残るから、ここは京芸の敷地内の特別な場所になる。

先取りして「高瀬川ギャラリー」と名づけることにした。

 

ワークショップで透明なテーブルクロスの原反に子どもたちが描いた絵は20m弱(5m×4枚)。

それを全部水平に吊るせたのはマダン前日の2日の午後5時。

中村伸之さんが樹木を切りすぎたので、ワイヤーを張るために再度木を立てねばならず、それで手間取った。

 

元崇仁小学校内高瀬川

帰宅して深夜にビニールの廃材に字を描き、3日の当日朝に幟に組立て、朝10時に橋に取り付ける。

元崇仁小学校内高瀬川

朝に即席でつくった矢印もつけた。

 

元崇仁小学校内高瀬川

なんとか展示が間に合った。

 

元崇仁小学校内高瀬川

高瀬川ギャラリー

元崇仁小学校内高瀬川

小学校内の高瀬川には木製の橋と平行に飛び石がついている。案の定、子供がいっぱい遊んでいる。

ここが高瀬川ギャラリーと東九条マダンのグラウンドとの接合部。

接合部は、上下の動きを誘う凹凸に満ち、川を渡るという体験ができる絶好の空間。

この空間の仕組みこそ、人間にとって根源的なのだと思う。遊具はいらない。

 

崇仁テラス

崇仁テラスでは、東九条マダンの事務局をつとめ、演劇をしている浜辺ふうさんが一人芝居を行った。毛利+山本「透明なすみか」展とのコラボレーションでもある。

 

 崇仁テラス

崇仁小学校から大勢の観客を引っ張ってきたのも彼女だ。

芝居の内容も、自分は日本人だが、東九条で生まれ育ったので、韓国・朝鮮人の文化になじんでいて、そもそも生きている個人としては、国籍などどうでもいいのではないか、という、まさしくテラスの哲学を地で行くもの。

展示台につかっている円形ベンチを一つはずして、文字通りベンチとして芝居の小道具に使っている。

芸大にほしいくらいのクリエイティブな子だ。(画像クリックで動画にリンク)

 

今回の彼女のパフォーマンスと芸大生らの展覧会の自然な融合を見て、テラスをつくってよかったなと心底思えた。

むくわれるというのは、こういうことをいうのだろう。

崇仁テラスという川の上に浮ぶ空き地は、所有者もなく、芸術を通して人間以前の自然に手をのばすための「無場所」なのだ。

横が工事現場という現在の設定もいい。

芸大移転を先取りする「テラス」。

とはいえ、じつは芸大が来たときには、さまざまな現実的条件が押し寄せ、このような抽象性をもった無場所は実現しないだろう。

 

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