archive

28 septembre 2018, vendredi

 

アーカイヴ/アルシーヴ archive が流行っている。

1990年代に「歴史の終焉」が言われ出したのと平行して、「記憶」の問題が浮上し、それに伴って、記憶のかたちとしての「アルシーヴ」の概念と意味、その具体的なかたちと活用方法が注目されるようになったと記憶する。

 

だが砂漠的不毛に惹かれ、歴史的蓄積に富んだ苔むす場所を嫌う性格がわざわいして、「アーカイブ」には近づかなかった。

2014年に勤務する京都芸大にできた芸術資源研究センター archival research centerの設立にかかわり、図式やパンフレットのデザインを担当したにもかかわらず、アーカイブの問題は自分にはずっと他人事だった。

 

そんな自分が、アーカイブの意義にめざめたのは、自分がたずさわったアートプロジェクトの記録が消されたときだった。

消えてはじめてその存在の意義がわかるということがある。記録や記憶は、消滅と背中合わせにあるときに、もっともリアルな輝きを見せる。

 

消された記録というのは、KAVCで2003年に行った「新開地アートブックプロジェクト」の手づくりウェブサイトだった。

展覧会と本の出版というかたちでそのアートプロジェクトは終わったのだが、その成果と同じくらいプロセスも重要だった。

それで最小限の記録にまとめて小さなウェブサイトに残し、KAVCのサーバーにあげてもらっていた。

だが、2016年春、KAVCの指定管理者が代わり、それに伴って以前の管理者(大阪ガスクリエイト)のもとで行われた事業の記録や成果のいっさいがないことにされたのだ。

指定管理者制度は新自由主義の行き着く先として大半の文化施設を支配している。ときにそれは記録/記憶を帳消しにする。

 

過去のことは捨てておけ、どうせすべては消える、と思ったが、気持ち悪さが消えない。

当時、自分たちが費やした時間のすべてがかき消された感覚だった。

 

最近、ようやくそのサイトを復元した。

当時はtableを使っていたが(before)、今はCSSで組む(after)。

スマホ対応はしていないが、とりあえず15年ぶりによみがえった記録。よしとしたい。

 

 

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