Faire les "Noren" du bains publics de la ville de Kyoto

27 août 2019, mardi

 

カードは印刷予算が3万円しかないというので、上質180gを使う。

2日納品コースであげて昨日届いた。

色合いや印刷具合は沈みぎみだが、そんなに悪くない。比較するものがないからだれも粗印刷とわからないだろう。

「紙はいいものを使わないといけない」というVD専攻の某教授の声が聞こえるが無視。

 

本日は出国前日、内のれんと外のれんをしあげる。
支給されたラパンという目の粗い布に直接描く。

素人さんゆえ布選びがまちがっているが、染めたりする時間ないので無視。

まちがった布の上にアクリル絵具で直接ドローイング。

のれん

のれん

のれん

のれん

数年前から手がけている「2と5」のシリーズ。

5つの円のみで画面を構成する。布の風合いを活かすようにして。

 

余った絵具で紙に描いたら、どんどん悪くないドローイングができる。

5 circles というドローイング集をつくりたい。

そんなことを考えている自分は本来の自分に近づいている。

この描くことの身体的な実感は、芸術を取り巻く時代の閉塞感に抵抗しうるか。

 

のれん

外のれん。

こちらは奈良時代の「古地図」から抽出した線のモンタージュ。

ところどころ具象的なモチーフをまぎれこませる。まとめようとせず、分裂生成するドローイング。

 

これらののれんをかける京都市立楽只(らくし)浴場(千本北大路)は、今回のれんを頼まれたほかの市営浴場とともに、生活環境を改善しようと同和地区に設けられた。その管理は委託業者にまかされていて、その業者の一つから制作を頼まれたのだ。

 

だがこの楽只浴場は9月いっぱいで閉鎖になる。だからのれんも1ヶ月の命。この仮設感はぼくらしい。

頼まれた中のひとつの崇仁第3浴場も来年3月末で閉鎖される。

崇仁の市営団地が京芸移転のために取り壊されるからだ。

京都新聞が取材したいと言ってきている。担当は毛利愛実子だから、うまくこなすだろう。

 

ぼくは明日はもうマレーシア。

例によってまた旅の準備ができていない。。。

 

petits dessins

22 août 2019, jeudi

 

崇仁の共同浴場など、京都の市営浴場を管理している都総合管理株式会社というところから、

京都芸大の学生さんといっしょに、6つの浴場ののれんとポストカードをつくってほしいと頼まれた。

7月に打診があり、9月に締切り。むちゃくちゃなスケジュールだ。

アートで浴場を飾り、地域活性化につなげたいという。

どこかで聞いたようなセリフだが、材料代や多少の謝礼はもつというし、

いつも社員が崇仁高瀬川保勝会の川掃除に参加してくれているので、しぶしぶ承諾した。

のれんの方は、東九条のBooks+Cafe SOLの2階の改装を一緒にやってる大学院修了生たちが引き受けてくれた。

ぼくはポストカード(何に使うのかわからない)と、9月いっぱいで閉じるという薬只浴場ののれんを担当。

 

久しぶりに絵をたくさん描いた。絵を描くときは、デザインや立体制作とは異なる脳の部分を使う。

昔、petits dessins とか petits collages とか称して、毎日何か描いていた。

本来の自分を取り戻せる・・・か?

petits dessins

 

petits dessins

パリ時代にたくさんつくったコラージュ+ドローイングから、浴場(の構成要素)にかかわりそうなものを。

 

petits dessins

水のゆくえ。

 

petits dessins

 

petits dessins

 

petits dessins

自分らしいpetites dessins.

petits dessins

 

petits dessins

 

petits dessins

maison-arche(家=箱船)のモチーフから。

 

一度、建築的な大きさでつくったことがある。

そうか、同じくらい好きな絵画と建築を行き来するには、同じモチーフを展開すればいいのか、と描いていて気付く。

屋根、水、河原、不安定な大地、どれも「アンチ土地」なのだ。

petits dessins

 

同じモチーフのものを何点か描いたら、また別のモチーフへ。

このモチーフからモチーフへの展開の部分にまだ首尾一貫性がない。

「屋根」と「水のゆくえ」がテーマなのだが、納得できていない。

ほかのことは気にせず、ず〜と絵を描いていたいのだが、ほかのことが気になるのが、自分の「掟の門」(同僚の若手哲学者・永守伸年さんが教えてくれたカフカの短編)なのかもしれない。

 

これからのれん制作。

 

Suujin Terrasse vol.6

28, 29 juillet 2019, dimanche et lundi

 

「崇仁テラス」第6期の制作。

台風6号が近畿に来たため、27日(土)は作業はやめて、28,29日で設置を行った。

 

28 juillet 2019, dimanche

 

人手が足りないこと、川の西側からの搬入路がふさがれていることを心配して、長岡京でトラックをレンタル。

だが元崇仁小学校に着くと、菊浜高瀬川保勝会の上村隆明会長、七条大橋をキレイにする会の井上茂樹さんと石原さん、照明会社(なないろ電気)の井上社長とスタッフの前中由希恵さん、京都造形芸大学生の奥山愛菜さんらが待ちかまえてくれていた。

 

足場板54枚、コンクリ台付き束柱15本、梁や筋交い用の木材を3回に分けてトラックに積み込み、川の東側の団地(楓のまち)の車路から搬入した。トラックから川岸までリレーで運んだので、午前中に資材搬入は終了した。

途中、団地の5階の住民から「うるさい、静かにしろ」と怒鳴られたので、昼食後ビールを持って挨拶に行く。

訪れた住居には、なんと去年の生き物アートワークショップの参加者の女の子がいて、面倒なことは起こらずに済んだ。

 

崇仁テラス

午後は、まずテラスの設置位置を決め、対応する川面に繁茂した草刈から始める。

はじめ南側にずらすことを考えたが、やはり大島桜の木陰が夏の日差しを遮るので、位置は春と同じ。

崇仁テラス

崇仁テラス

手伝ってくれた奥山愛菜さんは、京造の総合造形コース2回生。「ソーシャルアート演習という授業で、フィールドワークをして作品を制作する」ということをしていて、崇仁での活動を知って、参加してきた。

瀬戸内の自然豊かな環境に育ったらしく、立体造形を学んでいるので、インパクトドライバーも扱え、施工のセンスもいい。

 

「ソーシャルアート演習」というのは京芸にはないタイプの授業だ。

最近あちこちの大学で、地域に関わる授業を行っているらしいが、そういう枠組みをわざわざ授業として学生にやらせることに違和感を覚える。私的個人的なことは同時に政治的社会的なものであるように、人間や物質に関わるアートはもともとソーシャルなものだ。日本各地の「地域アート」の流行が背景にあるのだろうが、ぼくは基本的に「アート」の前に何かを冠することがきらいだ。

アートはアートであって、それ自体としての深さと広がりをもつ流動体であり、多様な変化を許容する。

ぼくはじつは芸術至上主義者なのだが、そう見られないのは、「芸術」の定義が人とちがっているのだろう。たぶんアートを市場価値でしか見ない連中と。

 

崇仁テラス

川に足を浸す「足水」。夏にぴったりだが、冷やしすぎるとよくないらしい。

 

崇仁テラス

この日は構造が組めたところまで。(午後4時すぎ)

 

29 juillet 2019, lundi

 

崇仁テラス

翌日は朝から川の水は濁り、水量も多い。

塩小路以北の高瀬川に重機を入れて、草取りと河川整備を行っている。

南部土木事務所が委託した業者の仕事らしい。

崇仁テラス

この日、午前中は筋交いなどの補強を行う。

水量が多く、いつもは見える束柱のコンクリ台が水没している。流れてくる草の量も半端ではなく、テラスの足にひっかかる。

この除去が問題だ。

崇仁テラス

昼は前日と同じ須原通りの「あい子ちゃん」食堂で。前日はマンボ焼、この日は焼きそば。

崇仁テラス

あい子ちゃん食堂で、久しぶりに仁君と会う。2年前の2017年12月、テラス解体の時にやってきて、手伝ってくれた。

「今、またテラスつくってるけど来ないか」と誘うと、午後にやってきた。

仁君は芸大移転のC地区になる市営住宅26号棟に住んでいて、11月にはテラス西側の市営住宅新棟に引っ越してくるという。

地域の当事者でもある彼がテラス作りを手伝ってくれるのはうれしい。

お父さんが大工らしく、インパクトドライバーもすぐに使い方をマスターするなど、ボランティアおじさんよりはるかに施工センスがいい。

崇仁テラス

すきまをそろえる。

崇仁テラス

午後4時過ぎ、二人で無事テラスを完成させ、かき氷で乾杯。

崇仁テラス

気持ちいいとテラスに寝そべる。大きなすきまからは川の流れがよく見える。

川の上はつねに空気が動き、体感温度も低い。午後になるとテラスは高層団地で影になり、夏でもかなり快適だ。

団地や近所の人が気軽に利用してくれたらと思う。

 

崇仁テラス

看板やベンチもあることを知っていて、置こうと率先して動く。配置は仁君の指示に従った。

このあと、川から重たい岩も引き上げて設置した。

 

Lessons de temps

9 juillet 2019, mardi

 

最初の個展「時間のレッスン」(1993年)のアーカイブページをようやくアップした。

忙しくて自分のウェブサイトがずっと工事中のままで、なんとかしなければと思いながら、10数年たつ。

ここに来て、自分のスタートラインをあらためて見直しておこうと思ったのだ。

つくることが根っから好きなので、その後は造形的な仕事が多いのだが、出発点は、「美術」や「展覧会」「作者」「作品」の概念そのものを宙づりにするラディカルな仕事だった。

あの先鋭さはその後失っているのではないかと反省する。

「死」の意識が薄れているからか。

あのときのヒリヒリするような緊張感を取り戻さなければならないと思う、

 

アーカイブ作成のためにファイルのなかの資料を整理していたら、堀尾貞治師匠から展覧会後に届いたハガキが出てきた。

ぼくの作家人生を左右した難波道弘さんも堀尾師匠ももういない。

アートスペース虹ももうない。

 

「残る」とは何か、「残るもの」とは何か――「時間のレッスン」を導いたこの問いかけは、大きな虚無と一体のものだった。

 

堀尾貞治師匠からのハガキ

 

 

*ウェブサイトは古典的にHTMLとCSSで手作りしているが、スマホや一部のブラウザ(Chrome)でCSSが正常に機能しないのはなぜなのか? 

 

 

 

Ce ne sont pas des lettres.

18 juin 2019, mercredi

 

芸大の造形計画1の授業。今年は文字の造形性・空間性をテーマにしていて、この日はクレーの文字絵を「演奏」する。

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「精神はどこにおいてもっとも純粋であるか? はじまりにおいて。したがって、フォルムを考えるのではなく、形成を考えること。……「文字」の発生は、運動のもっともよい比喩であろう。芸術作品もまず第一にゲネシス(発生)として捉えられねばならない。」――パウル・クレー

 

A_アルファベットの任意の文字を用いて、「文字絵」を制作する(クレーの『造形思考』から)
B_任意の数字を用いて、「文字絵」を制作する(変奏)
C_任意のひらがなを用いて、「文字絵」を制作する(変奏)

 

注意:

・「はじまり」を意識すること
・紙に鉛筆(色鉛筆も可)、青カーボン紙、大きさ、紙質自由

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最近また絵やドローイングをする時間がなくなっているので、課題を出しながら、自分でもやりたくてたまらなくなる。

で、青カーボン紙を使って「これはもじではない」と描く。偶然にもクレーが描く顔のような形象が生まれた。

この課題、音楽好きだったクレーも喜んでくれているとしておこう。

文字絵

アルファベットやひらがななどの表音文字と並んで面白いのが「数字」だ。

数字は並んでいるだけでも面白い。具体の田中敦子は数字を書くことで絵画から別次元の平面に飛躍した。

この領域をぼくは「数字美術」と名付けている。

数字美術

昔の芦屋市美術博物館での童美展で。

「数字美術」は、児童詩誌『きりん』をやっておられた故・浮田要三先生から示唆された。

数字美術

パリの街角で。