nettoyage du canal Takasegawa vol.12

mardi 22 mai 2018

 

6月2日の高瀬川の川掃除のチラシを出稿。

毎月100部つくってるチラシだから、裏に地元のお年寄りや子供の話なんか載せて、「地域通信」としても使えるものにしたかったが、取材する時間がない。それでオモテ面のみ。先月つくった崇仁高瀬川保勝会のロゴは使えた。

この日ぼくは所用で川掃除に参加できない。

秋の東九条マダンの計画がうまく進むことを祈る。

 

suujin-takasegawa_flyer180602

 

 

 

nettoyage du canal Takasegawa vol.11

jeudi 26 avril 2018

 

いつもの高瀬川の掃除イベントのチラシの裏に、先日4/7の生きもの調査の報告を載せようとして、崇仁高瀬川保勝会のロゴをつくることになり、時間がかかってしまった。

この日、ようやく入稿。

配送先の柳原銀行記念資料館が4月29日(日・祝)は閉まっているため、28日納品が必須となり、割高になってしまった。

 

たかせがわをきれいにしよう180505

 

たかせがわをきれいにしよう180505

 

*A4チラシ・フライヤー 両面カラー 上質90kg 100枚 1日納期 5,570 (円)

 

29日にいったん「崇仁テラス」を再撤去する。

 

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dimanche, 29 avril 2018

 

09:50 崇仁テラスに到着

11:40 床の足場板56枚、すべて撤去

12:50 食事中、2m近い大きなアオダイショウが川面を泳ぐのに出くわす

手伝ってくれていた地元の少年 迅君いわく「あれは本物?」

16:00 撤収完了

17:00 帰路、フェンスの扉の施錠と資材保管場所の整理を忘れていたことに気づき、現地に戻る

18:00 施錠と資材保管所の整理を終えて、再度帰路につく

 

テラス解体2018.4.29

 

テラス解体2018.4.29

今回、ビスの打ち込みが斜めになったものが多く、はずしにくかった。

施工を急かされるととろくなことがない。

人が手伝ってくれるのはありがたいが、ヘタな人に手伝ってもらうとかえって時間をロスする。

むずかしいところだ。

 

大蛇およぐ高瀬川

2m近い大きなアオダイショウが近くの川面を泳ぐのにでくわした。

手伝ってくれていた地元の少年の迅君が「あれ、本物?」というのに笑った。

オオシマザクラ

傍らのオオシマザクラのサクランボができかけていた。

この場所の自然の豊かさを再確認する。

テラス撤去

次の施工は7月末になるか。

真夏の作業になる。

でも灼熱の夏はぼくの季節だ。

日本人がみな暑さにうんざりする季節に、ぼくは浮き浮きする。

 

 

 

Suujin terrasse_v.2, 7 avril 2018

samedi, 7 avril 2018

 

崇仁高瀬川保勝会の月例川掃除の日。

この日は、京都府保健環境研究所の専門家三人の指導で、児童館の子供たち20人が、水の生きもの調査を行う。

 

午前9時から、七条大橋をキレイにする会に参加して、七条大橋界隈の鴨川河岸の掃除。

10時半から元崇仁小学校体育館の西側(崇仁高瀬川保勝会作業所)でひとりベンチを組み立てる。

「ほしをみるひと」展のライブラリーコーナーのためにつくった円環状本棚の部材を転用する。

 

ほしをみるひとライブラリー

ほしをみるひとライブラリー(2018年3月10日〜25日、ギャラリーアクア)

 

テラス円環ベンチ

本棚の背板を取り換え、板上面とツライチにして脚を固定する。

 

テラスベンチ

直径360cmの円を手製コンパスで描く。(撮影:藤尾まさよ)

 

テラス円環ベンチ

児童館の子供たちに説明する中村伸之さん(崇仁高瀬川保勝会事務局長、京都景観フォーラム理事)。

ベンチが役に立ってうれしい。

生きもの調査

生きもの調査は、具体的には水質調査の指標となる水生昆虫をつかまえることから始まる。

網はDフレームネットといい、ふりまわすのではなく、D字の直線部分を水中に沈めてしばらく待って引き上げる。

水底の生きものを取るためだ。水流のせいでさまざまな生きものがひっかかる。

 

生きもの調査

 

生きもの調査

生きもの調査、子供だったらぼく自身のめりこんでいただろう。

保健環境研究所のホームページに充実した情報が掲載されている。

 

顕微鏡

最近の顕微鏡というのを始めて見た。

ゲンジボタルの幼虫。

 

 

崇仁テラス

3ヶ月前にはあった川向こうの空き地は消え、基礎工事が始まっている。

夕方から雨が降り出し、サークルベンチは未塗装なので、いったん分解して作業所に片づける。

 

テラスの上にベンチはあった方がアフォーダンスは発生するが、何もないという状態も悪くないと思う。

そもそもこの崇仁テラスとは、川の上に浮ぶつかのまの空き地 terrain vague なのだ。

"vague"というのは「あいまいな」という意味だが、日本語の「空き」、英語のvacant よりもぼくが考えていることに近い。

「所有や使途が曖昧模糊として未規定の」土地。

それは人類以前にこの大地の上に広がっていた。

 

洪水の夢を見る。

 

 

Suujin-Terrasse vol.2 et le cerisier spécial

dimanche, 1 avril 2018

 

3月31日朝10時、資材運搬から始めて、翌4月1日午後5時、「崇仁テラス, 2018春ヴァージョン」ができた。

4月7日(土)の川掃除のあとに花見会を、など言っていたが、桜の開花が例年より早く、あせっていた。

だが、いみじくもテラス設置作業を見守ってくれた桜によって、桜の認識をあらたにすることになった。

 

桜流る_崇仁

桜流る_崇仁

3月28日、南禅寺舟溜から高瀬川に行くと、満杯の桜花が川面に。

だが、傍らの桜はもう葉が出ていて、花もちらほら。変わった桜だな、大丈夫かなと思う。

 

3月30日(金)夕方、足りない足場板2枚をトラックで元崇仁小学校体育館横の作業場に運ぶ。

いつも川掃除を率先してされる近所の吉田さんとぐうぜん出会い、手伝ってもらえることになる。

崇仁テラス
3月31日(土)、朝、吉田さんが崇仁鉾の収納庫に大きな台車があるというので、資材運搬のため借り出す。

二人で材木を元崇仁小学校から現場へピストン輸送。昼にはすべての材料を運ぶことができた。

 

崇仁テラス制作

午後から柱を建て始める。

吉田さんが本当に熱心に手伝ってくれる。

ゴミを拾ったり雑草を抜いたり、いつも進んで崇仁のまちをきれいにしていて、知事や市長から表彰されたことがあるという。

72歳というがとてもお元気だ。

崇仁テラス制作

昨秋、解体のときに手伝ってくれた迅君がやってきて、また手伝ってくれる。迅君は今年中学校に進学する。

お父さんは大工だそうだ。

崇仁テラス制作

資材搬入のため、フェンスを開けてもらっていたので、近所の親子が入ってくる。

飛び石で楽しそうに遊んでいる。川の流れるこの地域の将来の姿をかいまみた感じ。

 

崇仁テラス制作

4月1日(日)、この日も吉田さんが手伝いに来てくれる。

幅木と筋交いで構造を強化。

昼休みはコンビニでサンドイッチを買って、一人河原で食べる。

鴨たちも桜の花びらに顔をつっこんで、何か(水草?虫?)を食べている。

晴天にめぐまれ、本当に気持ちがいい。

水も光も石も生きものも、すべてと一緒に存在している自分を感じる。

野外での作業がいいのは、この至福の気分を味わえることだ。

 

川底が土砂のせいで平らでないので、柱がまっすぐたっていない。

 

崇仁テラス制作

なんとか仕上げたが、南北両端の柱の向きをまちがった。

人が手伝ってくれるのは助かるが、急かされたりするとミスが出る。

吉田さんはとてもせっかちな人で、構造強化が終わってないのに、足場板を勝手に置いていく。

「やり直し」というと、ぷーっと怒る。やれやれ。どんな人生を歩んできたのだろう。

 

オオシマザクラ

 

通りがかった人に、たもとの桜はオオシマザクラだと教えてもらった。

ふつうのソメイヨシノが葉より先に花が開くのとちがって、オオシマザクラは葉が出るのと平行して花が開く。

wikipediaで調べただけの浅知恵だが、オオシマザクラは日本固有種で、ソメイヨシノはオオシマザクラとエドヒガンを交雑させた園芸種で、基本的にクローンらしい。

桜というとソメイヨシノを思ってしまうのは、明治以降の習慣にすぎなかったのだ。

そういえば、葉もないのにいっせいに花が咲き、いっせいに散るソメイヨシノは、どこか不自然なところがある。

人工的な厚化粧ともいえるソメイヨシノに比べ、野生種のオオシマザクラの緑葉と白い花のコンビネーションは、上品で素朴な美しさを見せる。

芳香もすばらしい。葉は塩漬けにして桜餅にも使われるという。

オオシマザクラを見慣れると、ソメイヨシノの派手さが鼻につく。

崇仁高瀬川沿いに唯一残されたのが、野生種のオオシマザクラだったというのは、何かと象徴的だ。

今後、崇仁地区にも芸大にも、植えるべきはソメイヨシノではなく、オオシマザクラではないか。

 

崇仁テラス制作

でき上がったばかりのテラスの最初の訪問客は、ロンドンからの観光客夫妻。テラスに仲よく座って食事。

この場所は、塩小路通りから見えやすいようで、観光客がよくふらりと立寄る。

鴨川沿いの派手な桜通りに比べて、ひっそりして地味だが、ホウキモモも満開で、玄人ならこちらの方がいいだろう。

川の上で人と人、人と自然が交わる「テラス」というのは、ぼくが考えた芸大の基本構想そのもので、特にこの場所は、芸大の敷地内ではないものの、将来、きわめて大事なへそのような場所になるだろう。

じつはやってみてはじめてわかったことだけれど。

 

崇仁テラス制作

 

オオシマザクラと崇仁テラス、ソメイヨシノと柳原銀行記念資料館を一緒に納めたショット。

「崇仁テラス」のモデルとなった囲われた空き地はもうない。再来年には高層団地がたつ。

 

 

Reprise de la croisiére du Canal Biwako

mercredi, 28 mars 2018

 

3月29日から琵琶湖疏水の通船が再開される。

それを記念したセレモニーに上下水道局から招待された。

四ノ宮船溜の案内板、および南禅寺船溜のドラム工場の案内板をデザインしたことによる。

後者はなんとか前日の27日に設置が完了したらしい。まにあってよかった。

 

インクライン

インクラインも桜が満開だ。観光客がすごい。南禅寺にも近いし、インクラインは人気らしい。

たしかに船をひっぱりあげた傾斜鉄道の線路は、人の心の牽引力もすごい。

こんなところに「廃線跡」というのも人気の要因だろう。

インクライン案内板

インクラインの案内板をデザインしたのは何年前だったか。

まだ当時は京都の観光客も今ほどではなかった。

バイリンガルにしておいて正解だった。

疏水通船再興セレモニー

ぼくは「関係者」ということで招聘されている。

セレモニーは13時45分から。

挨拶する大津市長は女性だった。越直美氏(1975〜)。右手に門川京都市長、その横に三日月大造滋賀県知事(1971〜)。

疏水通船再興セレモニー

東山ロータリークラブから贈品目録の贈呈。

ぼくのデザインした案内板は、寄贈品の一部で、「通船に関わる物品」という扱いだった。

ふーん・・・

疏水通船再興セレモニー

セレモニーのあと、ふるさと納税を納めた人たちが特別待遇で乗船、琵琶湖へと疏水を遡るクルーズに出発。

疏水は浅く狭いので、船が通るとかなり大きな波がたった。

船の設計や運航技術に特殊な配慮が要請された理由がわかった。

疏水通船再興セレモニー

春シーズンは予約がほぼ埋まったという。

これはぼくのデザインではない。

 

疏水通船再興セレモニー

南禅寺舟溜前の琵琶湖疏水記念館のデッキには、「疏水カフェ」というのが設けられていた。

奥に動物園、カーブした屋根のあるデッキの下が例のドラム工場

ドラム工場案内板

同じセレモニーの一環でドラム工場を公開。

大勢の人が訪れていた。案内板、まにあってよかったと改めて思う。

ドラム工場案内板

 

ドラム工場案内板

案内板の色は合格点だが、この脚はひどい。

地面に埋込むことができないので、一つ250kgのコンクリートの脚をはかせているそうだ。

それにしてもひどいプロポーションだ。なんだかヤケクソに見える。

ドラム工場鑑賞デッキ

セレモニーに合わせて、ドラム工場がこの日だけの限定公開。

たくさんの訪問客でにぎわっていた。

ドラム工場鑑賞デッキ

驚いたのは、ぼくが観賞用デッキとして提案したものがほぼそのまま設置されていたこと。

ただし使われているのは、既存の材料。

ドラム工場鑑賞デッキ

特別になかに入れてもらった。

入口の鑑賞用デッキの横の板扉は、昔の便所跡だ。

照明具もセットされていた。

 

dessin_deck

 

しかし、忙しいときにいっぱい仕事したなあ。。。