l'eau et la religion

5 janvier 2019, samedi

 

発酵展の準備その他で落ち着けない正月だったが、3日午前中、ふと思いついて柳谷観音を訪ねた。去年も同じ1月3日に行っている。

自宅から車で10分もかからない山中の寺だが、思っていたよりずっとメジャーで、手入れもゆきとどき、さまざまなしつらえもよい。

柳谷観音

目の神様・柳谷観音に来る目的のひとつは独鈷水(おこうすい)。このコーナーの風情はすばらしい。

水を持ち帰るためのペットボトルを忘れた。

柳谷観音

庭も手入れが行き届いている。庭石の見立てがすごいが、ヘタウマの説明図も味わいがある。

柳谷観音

水琴窟を「心琴窟」と呼んで、音を聴く筒まで用意されている。

すべての手水鉢には花がきれいに浮かべてあって、評判がよいらしく、それをテーマにカレンダーをつくっている。

柳谷観音

傾斜地にあり、階段のある「あじさい回廊」をめぐるのも楽しい。あじさいの季節にまた来たい。

柳谷観音

この寺にも去年の台風の被害があったらしく、一番奥にある愛染堂のうしろに大木が倒れたままになっている。

 

5日朝、新聞でこの春に京都国立博物館で『一遍聖絵』の展覧会があることを知った(4/13〜6/9)。

日本絵画のなかで一番好きな作品だ。

2016年夏に京都芸大の移転基本コンセプトを作ったとき、「テラス」のコンセプト案の中に、『一遍聖絵』の踊り念仏の場面を引用して、《テラス音頭》なるものを仕立てた。

一遍上人絵伝

 

教授会では笑われて、最終案には盛り込まれなかったが、一番気に入っているのがこの部分だ。

 

僧侶が踊る桟敷の下の筋交いに子供がしがみついている。

この描写だけで絵師のするどい観察眼がわかる。

 

場所がどこか調べてなかったが、市屋道場といって、踊り念仏の祖・空也上人の遺跡らしい。

今は金光寺といい、六条通河原町を西に入ったところにある。

中世には境内に市姫を祭ったそうだが、近くの市比賣神社とも関連はあるのだろうか。

市比賣神社には、「漂流するアクアカフェ」でふるまうための水を汲みに行ったことがある()。

 

今年も水の縁起で始まった。

 

 

Mémorial

31 decembre 2018

 

今年はかけがえのない人を何人か亡くした。

彼らの仕事を注目し、あるいは師とあおいだ芸術家を。

 

消されると思うので、松谷武判さんがわが師匠・堀尾貞治さんについて語った言葉を引いておく。

「彼は、創作の「瞬間」を定着させる、すごさがあった。エネルギーというか、情熱がすごい。そういう堀尾さんと会っていると、考えすぎたり、作りすぎたりしてしまう自分にはとても刺激になる。

パリのアトリエに来たことがあるんですね。「松ちゃん、ちょっと行ってくるわ」と堀尾さんが出ていくわけです。あとで聞いたら、セーヌ川の河畔を歩くだけで帰ってきたというんですね。パリに来ると、多くの人はエッフェル塔やオペラ座に行くとか、ある程度パリをイメージして行くじゃないですか。彼は直感でする。そういう物のとらえ方をするから、飾り気がなく、作品として「強い」んですね。すごくうらやましかった。刺激されました。半世紀以上の友達関係だけに、残念なことです。」

産経新聞「ポンピドーで個展、美術家・松谷武判さんの漆黒の芸術」2018.12.20

 

心して、また年を越える。

new year

 

 

 

la terre viole la mer

14 decembre 2018, vendredi

 

12月14日(金)朝早くから、政府は米軍基地滑走路建設のため、名護市辺野古沿岸部への土砂投入を始めた。

反対する沖縄県民の声を無視して強行する安倍政権。日本中が右傾化するなか、国民の大きな反発は招くまいと読んだのだろう。

20代の頃は奄美独立闘争にも入り込みかけた身としては、沖縄は早くこんな日本の国から独立した方がいいと考える。

いや、独立云々は近代国家以後の考えなので、本当は「国家」なしの社会のあり方を構想提起した方がいいのだろうが、ぼくの仕事ではない。柄谷行人あたりに「Association」を論じておいてもらった方がいい。

辺野古埋立

辺野古埋立

警察は抗議に参加した車椅子の人も暴力的に排除した。マスクの仮面をつけて。(毎日新聞報道から:上・下とも)

辺野古埋立

辺野古埋立

しかし、青い海を土砂が埋めていくさまは本当に痛ましい。

土の使い方を完全に間違っている。大地を削って得た土は大地に返すべきで、すべての生きものの故郷である海を侵食すべきではない。

 

海は自分から生まれた大地が自分の顔を埋立てていくさまをどのように見ているか。

「さよなら人類」のうたを歌わねばならない。

 

le nettoyage du canal Takasegawa vol.15 et la déconstruction de la terrasse de Suujin

1-2 decembre 2018, samedi et dimanche

 

備忘録をまとめて。

毎月第1土曜日は、崇仁高瀬川保勝会の川掃除。

今回は翌日に崇仁テラスを解体することにして、12/1と12/2に作業日を集めた。

川掃除

12月1日、はじめて塩小路通より北側の高瀬川を掃除する。

崇仁の共同浴場を管理する「都総合管理株式会社」の人たちが手伝ってくれた。京都アートカウンシルの宗由美子さんも。

2019年1月26日(土)に開催予定の第2回「川デツナガル」シンポジウムの打ち合わせ。

いつものことながら、藤尾まさよさん以外、崇仁地域に住む人は川掃除にも話合いにも参加しない。

保勝会や自治会との関係がわからないので、あとで山内政夫さんに聞いてみる。

地域の人どうしの対立とか、いろいろややこしい歴史があるらしい。

他所者としては、そういう点がもっとも関わりたくない点だ。

保勝会倉庫

崇仁高瀬川保勝会

元崇仁小学校内の高瀬川沿いに並ぶ倉庫の一つが崇仁高瀬川保勝会で使えることになった。

これは今後の活動のヴァージョンアップにつながる。

 

2 decembre, dimanche

 

午前10時、前日に中村伸之さんが進めておいてくれた崇仁テラスの解体をすすめる。

崇仁テラス

崇仁発信実行委員会の藤尾まさよさんが忙しいなか今回も手伝いに来て下さった。

「自分でやってみないと気がすまない性質なの」といいながら。

藤尾さんは元崇仁小学校の卒業生で、人権意識の向上をめざして、地域発信マガジン『崇仁〜ひと・まち・れきし〜』の刊行など、精力的な活動を続ける。ここでもおっさんはだめで、めざめた女性ほどエネルギッシュ。

 

崇仁テラス

崇仁テラス

次の『崇仁テラス』設置は来春になる。

北側に3mほどずらせたから、大島桜が今年よりよく味わえるだろう。

だが春には西側の団地の建設もさらに進んでいるだろう。

 

KYOMO

2015年に《Tracing Suujin》の二つ目のパートを設置したKYOMO京町家普及センターが消えている。

天井の梁につけたままにしたアルミの《高瀬川》もいっしょに解体撤去されたと思われる。

 

場所とともに消える作品。持ち帰らなくてよかった。

 

Sang ou rosée ? au pèlerinage Kumano Kodo

11 november 2018, dimanche

 

鈴木昭男さんが熊野古道なかへち美術館で「内在」という展覧会をしているというので、遠路、車を飛ばして中辺路を訪れた。

7月の東京都美術館や夏の徳島でのWS以来、今年は車での長距離移動が多い。

熊野古道なかへち美術館

熊野古道なかへち美術館

熊野古道なかへち美術館

熊野古道なかへち美術館

熊野古道なかへち美術館は、SANAAの最初の美術館建築らしい(1997年)。

展示室を白いアクリル板で覆って、さらに外側をガラスで覆っている。

内部の躯体の壁面を凹面とし、すきまを通路や受付・交流スペースとし、事務室や設備棟、WC棟を外にはみ出たヴォリュームとして扱っている。大胆な非建材の扱いや機能ごとの空間の自由な配置に特長がある。

 

鈴木さんの展覧会はとてもよかった。

最近、人の展覧会に感動することが少なくなったが、これはよかった。

鈴木昭男

《内在》は、90mm角の鋼管19本を同じ角度で等間隔配列したもので、各鋼管には幅5mm深さ50mmの切り込みがつけられている。

19というのは、熊野古道中辺路のはじまりの滝尻王子から熊野本宮までの19の王子に対応させ、切り込みは順に位置を変えて、中に響く音律を変えている。

鋼管の長さは展示室のの天井高3410mmと同じらしく、石は美術館の横を流れる日置川の河原から運んだものらしい。

場所との呼応や不定形の自然と規則的な人工との対話、非完結型の作品のあり方がまったく僕好み。

いやでき過ぎといえるか。

 

熊野古道は初めてだったので、少し歩いてみた。観光地とばかにしていたが、意外に面白かった。

何より面白かったのは地名だ。「近露」は「血か露か?」という問いから発しているという。チカツユ

有名とあとで知った牛馬童子像。明治期の石彫らしいが、面白い。

宝筐印塔

鎌倉期のものという宝筐印塔。傾きを小石で支えている。《支えるもの》のコレクションに加える。

中辺路近露

中辺路近露

《支えるもの》シリーズ。《ふたしかな屋根》シリーズでもある。

中辺路近露

中辺路近露

《途中放置》というカテゴリーもつくりたい。

意図からも構造からも切り離され、宙に浮く存在の美と不思議。

柱材を横倒しにして積んで壁をつくろうというのか。

女神の湯

女神の湯

近露(血か露か)の集落の奥にアイリスパークというオートキャンプ場があり、その中に奥熊野温泉・女神の湯という名の温泉がある。

本当に温泉があるのかという不安にかられながら、曲がりくねった山道を行くと、拍子抜けするような温泉のファサードが現われる。

入浴料650円。入ってみた。中も拍子抜けするような湯槽。アルミサッシの窓の向こうはすぐ林。

「日本屈指のとろみ度を誇る温泉」と謳い文句にある。

 

女神の湯の向いに、驚くべきことにイヌワシの小屋がある。

網越しに美しい勇姿が拝める。

イヌワシ

キャンプ場に鶏の声がすると思ったら、どうやらイヌワシの餌らしい。

 

学生時代、ぼくはよく一人で熊野に通った。役小角が僕のヒーローだった。

まちがっていなかった。熊野は今もすばらしい。