vision de 2030

16 septembre 2020, mercredi

 

2020

 

2030

 

Theater E9の「E9 2030」の公開稽古、なんとか「水の無法」のプレゼンを終えた。

 

2030年は気候変動が進んで鴨川の氾濫が再び頻発するようになり、崇仁・東九条は新しい「河原」になっているという話。

洪水(という自然現象の根源)を遠ざけるのではなく、洪水とともにやっていけるようになっているか。

 

プレゼンの準備中、コンスタント Constant Nieuwenhuys のユートピア的な都市プロジェクト「New Babylon」(1956-1974)が、同時期の東九条の0番地(ていぼう)のスラムに通じるというなかなか痛快な発見をした。

ニューバビロンはノマドたちが一時的に集住し、たえず作り変えられるDIY都市だ。

 

*Constant, New Babylon: Une ville nomade, 1975

> Jean Duvignaud ed., Paris, Union Générale d’Éditions, collection 10/18, 1975, pp. 202-230.

*コンスタントを「再発見」したMark Wiglyの序文付きで"New Babylon"の全貌にアクセスできる→

 

日本の建築界や都市デザイン界ではだれも思いつかないだろう。

京芸移転先のエリア、崇仁から東九条の京都駅東南部一体は将来、氾濫する鴨川の河原の上に浮上するニューバビロン的カオスになるというヴィジョン。ぼくがつくった《テラス》という基本コンセプトにも直結する。いつか絵にしないと。

 

古代都市バビロニアはユーフラテス川をはさんで建設され、しょっちゅう洪水に襲われた。

コンスタントに洪水のヴィジョンはなさそうだが、レオナルドのデッサンを見たら、彼も触発されただろう。

あくまで個人的なものだが、京芸のテラス構想が一歩前に進んだ。「テラス音頭」同様、誰からも無視されるのはわかっているが。

リサーチもやはり手を抜かない方が、しんどくても見返りが大きい。制作も同じ。

 

別件:

「E9 2030」に参加されている弁護士の東岡由希子さんから、土地所有権に関する民法の条文を教えてもらった。

 

 (土地所有権の範囲)
 第二百七条 土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。

 

上下の数字が書いてないが(何メートル?)、それだけでなく、この考え方そのものが絶対におかしい。

 

 

L'accès aux documents des arts est changé.

14 septembre 2020, lundi

 

後期の授業も遠隔になって、シラバスを書き換える必要があり、ついでに内容も変えようと参考書を調べていると、数年前とは比べものにならないくらい、美術(現代美術)に関する資料(動画含む)がネット上で見つかる。

机の回りに本を積み上げて調べるようなことは今はやらないのだろう。

制作と大学の仕事に埋もれていると、本を読まなくなるだけでなく、世間の動きにも疎くなる。

美術作品の場所性 "in situ"の問題を取り上げようと思い、ずいぶん前に出版された Miwon Kwon," One Place After Another: Site-Specific Art and Locational Identity"(2002)をアマゾンで注文したが、なんと直後にネットで本一冊ダウンロードできることに気づいた。

提供は、monoskopという芸術文化に特化したwikiからだが、著者や出版社の許可は得ているのだろうか。

と思いながら、ダウンロードさせてもらう。実際の本が届くのは10月10日とのことだから(配送料込みで3032円)。

 

e-flux(1998〜)もそうだが、海外にはアート系の充実した情報プラットフォームがいろいろあって息も長い。

日本は[美術手帖]も[artscape]も展覧会やレビュー中心で、「展覧会美術」や「イベントアート」から美術が抜け出ていない。

そもそもウェブメディアといっても人手がいる。だが日本ではアートの回りで食えないから、情報も展覧会やイベントのお知らせにとどまるのだろう。

建築系には、ヴィヴィッドな建築思考に触れえるサイトとして[10+1]があったが、出資していたLixilが今年で手を引いてしまった。

こういう場合は、大学や研究機関の出番だが、新自由主義にやられてそれどころではないのだろう。

京芸が将来、アートをめぐる高度な情報プラットホームを提供できるようになればいいのだが、今の芸大図書館にそんなヴィジョンは期待できない。

 

・ ・ ・

明後日16日に、Theater E9の「E9 2030」の公開リハーサルでプレゼンしないといけない。

「2030年の東九条地域をテーマにした近未来劇」ということだが、芝居というよりディスカッションをネットで公開するかたちだ。

スクリーンの向こうのデジタルな世界と生身のリアルな世界が相互に浸透しつつある、とはみな言うことだが、もうひとつ実感がない。

脳には電気が走るだろうが、筋肉に走る電気量は圧倒的に少ない。質感もない。

「見ること」「知ること」が「やること」を支配する世界。ほんとにそれが楽しいのか。

 

 

 

nettoyage du canal Takasegawa vol.30

5 septembre 2020, samedi

 

月第一土曜日の崇仁高瀬川保勝会の川掃除。

(何回目は正確にはわからなくなってしまったが、6月が28回目で、夏は休止になったから、30回目としておこう。)

学生の参加者が増えた。京芸生はゼロ。

崇仁高瀬川保勝会

おどろくほど川の水が少ない。

晴天続きで、水を取っている鴨川の水流がそもそも減っているからだそうだ。

 

すぐ脇で、元崇仁小学校の解体が進んでいる。

崇仁小学校解体

崇仁小学校解体

運動場を掘り返し、これから建物の基盤整備に進む。

この小学校は建設するまえに、地盤を上げるために、地元の人たちが鴨川の河原から手で砂を運んだ。

その古い写真を保勝会の川掃除のフライヤーのデザインに何度も使ったことがある()。

もうフライヤーを毎回つくることはやめたが、あれらのデザインでこの地域の歴史に少しずつなじんだような気がする。

 

砂持ち

フライヤーのキャプションから:

「1909(明治42)年、崇仁小学校の校舎建設にあたって、住民千五百人が鴨川の七条河原から砂や土を運んだ。当日は見物人三千人が見守るなか、爆竹が鳴らされ、露店も出てにぎやかに行われた。柳原町民の教育に対する熱心な思いが示された。(写真=柳原銀行記念資料館蔵)」

 

100年後、テクノロジーの進歩はあっというまに土地を改変してしまう。そのさまを見る人はだれもいない。

人類は強大な力を持ちすぎた。

 

崇仁小学校解体

北校舎と南校舎をつなぐ渡り廊下の残骸が残る。

"Tracing Suujin"(2015)をインスターションした南校舎は蒸発した。

 

横の木は中庭のイチョウの木か。残すようだ。

先日デザインしたフライヤーの裏面に使った伊東校長の写真の背後にも写っていた木だ。

 

toit incertain à la fin d'été

30 août 2020, dimanche

 

夏が行く。

単車で長岡京から京都・北白川のACG Villa Kyotoへ。

途中、今里のUnirにコーヒー豆を買いに立ち寄る。

 

道沿いになかなかの「 Toit incertain ふたしかな屋根」を見つける。

ふたしかな屋根

猛暑は続いているが、夏が逝くことをこの屋根と空を見て実感する。

 

この夏、一番気になったのは、西之島の噴火の激化だ。

2016年のKAVCでの「新シク開イタ地」のプロジェクト以来、この「大陸の赤ちゃん」(JAMSTEC 田村芳彦上席研究員)にはたえず注目してきた。

大地の誕生を見ようと、見れないことがわかっていて小笠原の父島まで行った(2015年12月25日)。

小笠原丸のエンジンの故障で父島には1日しか滞在できなかったにもかかわらず、この渡航で展覧会予算の大半を使い果たした。

得たものが多かったのが不幸中に幸いだった。

 

その後しばらく噴火が納まり、2019年9月には上陸しての生物調査も行われ、TVでも草が生えていることやオナガミズナギドリの群れなどが紹介された。やがて生物も定着し、普通の島になるのかと思わせもした。

だが、昨年2019年末から噴火が再発し、今年6月半ばにはさらに激化した。

7月末には、かつてゴツゴツした黒い溶岩が広がっていた島の地面が分厚い褐色の火山灰に覆われた衝撃の写真が新聞に載り、生物は再び全滅したと想わせた。

西之島

朝日新聞7月31日の記事から(7月30日朝日新聞社機から川村直子撮影)

 

かつては安山岩マグマを吹き出していたが、今はさらに深いところから玄武岩マグマを吹き出しているようで、このまま行くとカルデラ噴火を起こして島全体が海に陥没する可能性もあるという。

「新シク開イタ地」でお世話になった田村芳彦先生の発言が最近また目立っている。

コロナウイルスもそうだが、このところ人間には予測不可能な事態が地球のあちこちで起きている。

「荒ぶる地球」いや「この惑う星 planetes」本来の姿に近づいているのかもしれない。

 

ligne de faille

19 août 2020, mercredi

 

糸魚川のFossa Magnaを初めて訪れる。

Fossa Magna

断層線が走る崖を見上げる。

左が西日本の古い地層、右が溝(海峡)を埋め立てた新しい地層。

Fossa Magna

上から見下ろす。境界線が谷の軸からずれている。

 

FossaMagna

(cf.https://fmm.geo-itoigawa.com/event-learning/fossamagna_japan-archipelago/所載の図式を修正)

北アメリカプレートが南西にずれてきて、本州を折ったようだ。

Fossa Magna

日本列島の折れ目であるフォッサマグナは、西のユーラシア・プレートと東の北アメリカプレートの断層だった。

地質学的にこれが定説だとすると、東日本は北アメリカプレートの、西日本はユーラシアプレートの上に載っていることになる。

西日本と東日本は地質の構造からしてちがうのだ。東西の文化のちがいはそれを反映している?

 

Fossa Magna

ふと断層線で自分を西と東に二分割することを思いつく。自分も左右が不均衡である。

ぼくは祖父が関東大震災の難民、祖母が新潟出身、両親はともに大阪生まれで、正月の雑煮がすましと白みそが交代する家庭で育った。

やってみてわかったが、フォッサマグナの上に立つ自分が本来の自分なのだ。

アイデンティティなき異質構造体。どうりでいつまでたってもまとまらない人間なわけだ。

 

Fossa Magna

 

Fossa Magna

フォッサマグナ・ミュージアムに、発見者のハインリヒ・ナウマンのコーナーができている。彼が地質学者であるだけでなく、絵が上手で、芝居の台本や詩も書く真の科学者であることを知った。