On a commencé les travaux de démolition

4 juillet 2020, samedi

 

柳原銀行記念資料館の山内政夫さんから頼まれ、秋の特別展のポスター・フライヤーのデザインの打合せで久しぶりに崇仁へ。

崇仁小学校

こんなに流量の多い高瀬川は初めて見た。

崇仁小学校

崇仁小学校の解体工事が始まっていた。塀も撤去され、フェンスが立てられている。

本当に資材置き場の移設は間一髪で間に合ったのだ。

崇仁小学校

柵越しに見る崇仁小学校のプールの最後の姿。

崇仁団地解体工事

京芸のテラスCが建てられる予定の崇仁市営住宅の解体も始まっていた。

崇仁団地解体工事

崇仁団地解体工事

崇仁新町の廃虚ごしに崇仁市営住宅の最後の姿を見る。

崇仁団地解体工事

高瀬川の痕跡も結局つぶしてしまうようだ。せめてこの上に立つC地区の建物の床に高瀬川の痕跡を埋め込めと言ったのだが。

崇仁団地解体工事

解体工事は市営住宅の敷地の東側半分からはじめ、年内にすべて撤去を終える計画らしい。

崇仁団地解体工事

来年1月から京芸の建設工事が始まる。

 

資材置き場

《崇仁テラス》の資材置き場を見に行く。豪雨で濡れてるかと思ったら、無事だった。

資材置き場

七条大橋をキレイにする会の看板が掛けられていた。

 

管轄するすまいまちづくり課から何の文句も来ないので、資材置き場移設は完全にうまくいったと思われる。

あとは物置にいつ絵を描くかだ。

 

京都市内でコロナ感染のクラスターが発生したらしい()。

来週、1回生たちが初めて京芸に登校してくるのだが、心配だ。

 

jungle

1 juillet 2020, mercredi

 

香港に習近平中華帝国の国家安全法が襲いかかる日。

 

チュートリアルと称する個人面談の合間をぬって、ベンチをつちのいえに運ぶ。つちのいえ

案の定、夏草が生い茂り、ジャングル状態。

大学内にこういう場所があるのは、京芸の沓掛キャンパスぐらいだろう。

だがあと3年後には京芸もこの地から去る。

つちのいえ

つちのいえ

2年前に切り開いた坂道をベンチを持って上がる。進むも振り返るも草の海。

つちのいえ

つちのいえの回りはまだジャングルに覆われていなかった。

来週、総合基礎の1回生が校内見学に来るが、つちのいえを見せるなら、坂道の草を刈らないといけない。

 

 

 

abri secret des enfants

29 juin 2020, dimanche

 

体がなまるので、近所をつかのま散策する。

住宅地を流れる湯谷川は、かつて竹林だった地域の水の動脈だっただろう。

だが看板は別の看板を塗り直してつくった情けない感じのもので、文字の位置がなんともいえない。

湯谷川

竹小屋

西山公園こどもの森で出会ったすべて竹製の小屋。

崇仁・東九条地域にも竹林があればよかったなと思う。資材置き場がもっと楽にできたかもしれない。

 

湯谷川を遡っていると、河岸にヒミツキチがあるのを見つけた。

ヒミツキチ

傘を利用して上にゴザをかぶせ、葉っぱをまき散らして、屋根を仕立ててある。

ヒミツキチ

堤防の石垣や金網、地域資源の竹を利用して空間を仕立てている。

ちょっと頑丈すぎる感じの造作なので、作者は子供ではなく、子供を指導した地域の大人かもしれない。

近所に子供の姿はない。

河陽が丘や美竹台は、半世紀前に山をつぶしてつくられた新興住宅地なので、ヒミツキチをつくれる場所も少ないように思う。

ヒミツキチを子供たちが自由につくれる地域こそ豊かな空間性をもっている。

 

gravité

6 juin 2020, samedi

 

4年前の「フクシマ美術」展でKUNST ARZTの床に敷いた防水シートを崇仁の資材置き場に使うことを思いつき、デッキの床下に潜る。

自分でつくったわが家で一番好きなピュアな空間だが、昔のインスタレーション作品の廃材置き場になっている。

処分すればいいのだが、また使うこともあるかもしれないと、貧乏性丸出しで残しているのだ。

 

蔦

この高さ2m弱の純粋空間に一本の蔦が下りてきている。

蔦

伸びる方向は上から下へなのに、葉は光を求めて上を向いている。

感心して目を沿わせていると、先端が地面につく寸前で上向きに曲がっていることに気づいた。

蔦

光と重力のあいだの垂直の生命線。

なんだか感動した。

今、Gゼミで「水と重力」のオンライン授業を続けているが、これはネタになりそうだ。

 

見えない大地

2016年に《見えない大地》をつくるために東北から取り寄せた「汚染土壌仮置場用遮水シート」約3mx3m。

丸めてなんとか車に入る。これから崇仁の資材置き場へ運ぶ。

まだロールで大量にある。

そろそろいろいろ片づけていかないと、と思う。

 

La saison des pluies approche.

2 juin 2020, mardi

 

6月になった。

このところまた東京で新型コロナウイルス感染者が二ケタに戻った。

 

15年前にひろいのぶこ先生から分けてもらったコウゾの樹が、2年ほど前から虫にやられて、ついにだめになった。

幹の中が空洞になり、大量の蟻が巣をつくっている。

幹の根元から切ると、大きな空洞ができていた。

こうぞ

 

このコウゾの一生を振り返る。

 

コウゾ

2005年夏前、わが家の南側の竹林が壊され、宅地造成中のとき、このコウゾはやってきた。(写真は7月18日。)

単管にはられたメッシュシートが家と南側の宅地の境界に立てられている。

このあと、間近にせまる住宅建設を少しでも遠ざけるべく1.5mほどの細い土地を確保し、2006年秋、文化庁芸術家在外研修で渡仏する直前にウッドデッキを自力で建設した。

コウゾ

2006年8月29日、建設中のウッドデッキ。

この狭い敷地は、地名が河陽が丘から奥海印寺条下裏と変わる。わが家兼アトリエは二つの地名を持つのだ。

そのあいだを長岡京市の管轄である溝が通る。

コウゾは裏の住宅とのあいだの緩衝物として植えたわけだ。

コウゾ

2006年9月14日。3mの高い塀をはる直前。幸い裏の住宅はこのあと一年以上売れなかった。ざまあみろ。

コウゾが一年ですごく成長したことがわかる。

コウゾ

2012年、もう立派に成長したコウゾ。まだ元気なときの丸々とした幹。

コウゾ

2013年6月16日、コウゾの美しい実。

コウゾは毎年、冬に葉を落とし、春から夏にみずみずしい緑葉と赤い実で目を楽しませてくれた。

つちのいえにも苗木を持っていって植えたら、たちまち生い茂った。日本の風土に合っているのだなと思う。

コウゾ

枝は大きくのびてデッキを覆い、猛暑のときはミストをかぶり、涼しさを演出してくれた。

 

樹はだまって人の人生を長きにわたって支え、守り、彩ってくれる。

いつしか当たり前の存在となって、人は気にもとめなくなる。

失われたとき、はじめて樹の存在に気づく。

さようなら、コウゾ。名前をつけておいたらよかった。

数年前、オリーブの樹を枯らしたことの次にさみしい。

 

紫陽花

デッキ脇のくぼ地に紫陽花(hortensia)が咲いた。

 

まもなく梅雨が来る。