nettoyage du canal Takasegawa vol.13

mardi 26 juin 2018

 

今日は朝からデザイン作業が続く。

 

(1)「複数形の世界のはじまりに」のウェブサイトの補強

とくに29日の「複数形の散歩」の告知ページのアップとそこへのリンクの工夫。

ふつうに告知できたらいいのだが、人が集まりすぎるとだめになるので、用心深くしないといけない。

 

それにしても共催である会場管理を企画グループ側にすべて委ねるというのは、はじめからアーティストに責任を負わせる姿勢で、のびのびできない。美術館としてはありえない態度だなと思っていたら、東京都美術館は学芸員がイニシャチブをとるまともな美術館ではなく、指定管理者制度によって東京都歴史文化財団という法人が管轄する一文化施設=箱にすぎないのだ。

だから本来の企画や研究より経営や施設管理が優先される。学芸員室は昔の区役所の職員室のごとき殺伐とした空間だ。

いやそもそも財団のページを見たら、管轄する美術館などに「学芸課」がないではないか。管理課と事業推進課などしかない。

東京都美術館の学芸員の人たちから、一般になじみのない現代美術展の枠を守るだけでも必死だと聞いた。

民間導入による「指定管理者制度」という名の経営合理化は、新自由主義の波が美術を守るべき美術館を飲み込んでいることを示している。

1)2006年、ちょうどぼくが文化庁の芸術家在外研修で日本を発つまえの通達式で、当時の河合隼雄長官が、芸術家育成のための在外研修制度の資金を財務省から守るのが必死だと言われたことを思い出す。

2)2016年、神戸のKAVCの指定管理者が代わったとき、展覧会図録やウェブサイトその他、それまでの業績のアーカイブがかき消されたことを思い出す。

 

その東京都美術館という名の展示施設で、今同時期に開催中の「プーシキン美術館展」が7月21日から国立国際美術館に巡回すると今朝の新聞広告で知った。そちらにはたくさんの観客が訪れる。これが経済主導の文化の現実。

 

(2)崇仁高瀬川保勝会の7月7日の川掃除のチラシ。

またしても裏の地域ニュース欄は空白。

印刷会社をプリントパックにすると、上質90kg、片面カラー、100部、2営業日で1500円くらいでできる。

心配になるくらい、安い。

 

18/07/07高瀬川掃除チラシ

 

7 juillet 

 

降り続く大雨のため、中止になりました。

大雨情報

 

Redirect

dimanche 24 juin 2018

 

プロジェクトのウェブサイトの綴りがまちがっていて(× prural、○ plural)、訂正したものをつくったので、そちらにリンク先を変えてほしいと美術館に頼んだのだが、学芸員たちは担当がちがうとかで、自分でできないらしい。たいした作業ではないのに。

 

分業化が進み、デザインでも展示でもウェブサイトでも、なんでも人にやらせて自分はしない、できないという状態。

専門化は分業体制を生み、効率はあがるのかもしれない。

だがそれで失われるのは、組織全体の柔軟性や機動力、おおらかさ、そして人間本来の全体性だ。

 

京都芸大でも、昔はサーバー管理は宇宙物理の藤原先生が1人でやっていた。そのおかげでぼくもサーバーを自由に使わせてもらえた。だが今は外部委託になり、安全性はあがり個人負担は減ったが、不自由で融通がきかなくなった。

 

少なくとも、ぼくは人に頼らず、何でも自力で全部やってきた。作品制作も理論研究もデザインも。

分業を信じず、自分で何でも融通したいからだ。そもそもシステムに頼りたくない。

美術の世界でも、早く何かの「ユニーク」な専門家になるのがよくて、そういう全人的なことをめざすのは、まれで奇異で愚かなことらしい。だがぼくはそれを選んだ。

 

それはともかく、301リダイレクト というのを覚えた。

.htaccess というファイルをつくってサーバのルートディレクトリに置けばいいのだ。

記述内容は、

Redirect permanent / http://pluralworld.work

 

やってみたら、かんたんに転送設定に成功した。

次のまちがった綴り pruralworld.work へリンクさせると、自動的にpluralworld.workに転送されるようになった。

 

<a href="http://pruralworld.work" target="_blank">「複数形の世界のはじまりに」</a>

 

 

vieille carte picturale d'un hameau

jeudi 31 mai - dimanche 3 juin 2018 

 

複数形の世界のはじまりに」展の搬入がせまっているのに、《toit incertain》の補修と運送用の梱包が終わらない。

春の「ほしをみるひと」のためにつくった丸い黒板が、狭いアトリエをさらに狭くしている。

 

5月31日、ようやく《パラ村古絵図》の制作に取り組む。

2014年の「na ra」展で開発した、古代荘園絵図を用いた手法による。

「線」がここでは「絵画性・見られるもの」を持つと同時に「地図性・読まれるもの」の性格も持つ。

絵と図のあいだ、あるいは双方の原始の姿としての「絵図」。

一つの画面でありながら、同時に複数の部分面のアンサンブルであることの探求。

 

だが、竣工時に柿渋で仕上げたベニヤ板のアトリエの床の上で、布にアイロンをかけたら、汚れがついた。

近いうちに床を張り替えねばと思うが。

 

パラ村古絵図

パラ村古絵図

第1号に近い《 toit incertain 》を置いてみる。

 

パラ村古絵図

いつものことだが、2.2mx3.6mの画面全体が見えないので、アトリエの2階に上がって俯瞰する。

パラ村古絵図

「崇仁テラス」を浮かべていた高瀬川も描き込む。

パラ村古絵図

服部さんと横谷さんの作品にカラスが登場すると聞いたので、古絵図にカラスを描き入れる。

高瀬川の映像でもカラスの声が入っている。こうした偶然の符合を、今回は「粘菌的」と呼んでいる。

パラ村古絵図

床レンガの目地に貼る予定のマスキングテープをこちらでも貼ってみる。

「古絵図」は、同一性と排他性をもった「絵画作品」ではない。それは「開かれた交通と生成の場」をめざす作業空間だ。